山びとの記 宇江敏勝 中公新書 ★★★☆☆
炭焼きの子として紀伊半島の山中に生まれ育ち、自らも植林や伐採をして山に暮らした、最後の山びとによる貴重な記録。
かつて鋸や鉈を駆使していた職人的な山びとたちも、チェンソーなどの機械を使用するようになると、ただの労働者になってしまう。自然との調和のとれたリズム感や牧歌的な雰囲気は失われ、山衆たちが哀歓をこめて歌った山歌や木挽歌も忘れられた。こうして、地球上のあらゆるところで、人類が蓄積してきた生活の知恵が失われてゆくのである。この変化の針は、決して巻き戻すことはできない。
林業というのは何十年というタイムスパンで行われる気の長い産業である。昭和三十年代、四十年代に山ごと伐採され、大規模に植林されたスギやヒノキは現在では放置されて、やがてまた自然林に帰るという。植林は無駄だった、ということになるのだが、それはそれで良いのではないかと思った。
このご時世に、南アルプスをぶち抜いてリニアモーターカーを走らせるという、狂気の沙汰としか思えない計画が実現されようとしている。これほど夢のない話もない。南アルプスの自然と、東京〜名古屋間をたった1時間短縮することと、どちらが価値があるのか、そろそろ気付いて欲しい。(08/10/25 読了)