読書日記 2013年

Home > 読書日記 > 2013年

おどろきの中国 橋爪大三郎×大澤真幸×宮台真司 講談社新書 ★★★★☆

本書は、二人の社会学者が質問を呈示し、中国研究のスペシャリストであり、中国人の妻をもつ橋爪さんが返答するという形の鼎談である。かなりのボリュームがあり、内容は多岐にわたるが、対談形式なので読み易い。中国というのは実に訳の分からない存在であるが、本書を読んで腑に落ちるところもある反面、依然として訳が分からない点も多々あるった。

第1部は「中国とはそもそも何なのか」。中国はそもそも国家なのだろうか?中国は多民族国家だというけれども、その中核をなす漢民族だけを考えてみても、人類の5人に1人は漢民族だから、いくらなんでも多過ぎやしないかと思う。中国は、2200年前にすでに統一国家ができ、それが現在まで維持されてきたわけで、400年そこそこの歴史しかないヨーロッパの近代国家に比べて圧倒的な長さをもつ。中国というのは、一つの国家というよりも、EUのような「中華連合」と考えるべきなのだ。では逆に、ヨーロッパの統一はなぜこんなに時間がかかったのか?それは、移動の困難さにあるだろう。ヨーロッパにはアルプス山脈や地中海があって、地形が複雑だけれども、中国は平らで、中原を支配しさえすれば物流を支配できる。このジャレド・ダイヤモンド流の説明は、多いに納得がいく。

これほどの多様性を抱え込んでいるのに、秦の始皇帝の時代から「中国」というアイデンティティがあって、それが二千年以上の長きにわたって維持されてきた。ただ、その中国というアイデンティティなるものは、今日の中国の辺境をなすチベットやウイグルに対しても、適用しうるものなのだろうか?中国を語るにあたって、チベットと東トルキスタンの問題は避けては通れないはずだが、本書ではほとんど触れられていない。

「漢字」についての考察は面白い。普通は、先に音声言語があって、それを記述するために文字が作られたと考える。しかし中国語の場合は、漢字が言語を規定していると言えるのではないか。確かに、中国語の動詞には時制や人称変化がないから、漢字のような表意文字で記述可能なわけだ。中国人にとって、世界は漢字によって意味的に分節されており、しかも彼らはそれが永遠不変だと考えているのではないか、という。とはいえ、つい最近まで、ほとんどの人は漢字を使えなかったのだから、それは少し言いすぎのような気がする。

第2部「近代中国と毛沢東の謎」においては、文化大革命のようなばかげたことをやった毛沢東が、なぜいまだに崇め奉られているか、ということについて説明を試みている。しかし、ここはあまり納得できなかった。

第3部は「日中の歴史問題をどう考えるか」。日中戦争というのは、実に奇妙な戦争だ。そもそも中国は、日本の仮想敵国ではなかった。大陸への進出(侵略)は、本来は「ソ連対策」だったのであり、日本はこれを「戦争」だとは認めようとしなかった。だからこそ、真珠湾攻撃によって大陸進出に対する大儀がようやく与えられ、亜細亜主義者たちは快哉を叫んだのだ。当時の日本人にとってすら意図が曖昧だったのだから、現在の我々が謝罪しようにも、謝りようがない。だから、日中間の歴史問題はいつまでもくすぶり続けるのだ。

元をただせば、中国のほうが圧倒的に先進国だった。儒教の観点からすると、中国が一番上なのは当然で、韓国は優等生、日本はできの悪い生徒だ。江戸時代は、日本には中国コンプレックスがあり、その結果、日中関係は安定していた。けれどもいつか、日本人は中国に対する畏敬の念を失ってしまった。同じ植民地だったのに、なぜ韓国はこれほど反日感情が強くて、逆に台湾は過分なまでに親日的なのか。それは、中国を中心とした「華夷秩序」の中で、それぞれの自己意識を前提にして考えてみればよく理解できる。台湾は日本と同じ辺境だから、日本が偉そうな顔をして侵略してもそれほど問題がなかった、というのだ。

本書によれば、チベット問題が混乱する原因も、「朝貢」という独自のシステムを考えてみれば理解できるという。中国にとってチベットは、ずっと朝貢国の一つだった。だから、中国がチベットの主権を侵害しているというのはヨーロッパ側の認知地図に基づく見方で、幻想を投影しているに過ぎない。しかし、この議論は全く納得できない。それは、中国側の認知地図を押しつけているだけとも言える。その論理でいけば、韓国も琉球もベトナムも日本も、すべて中国領になってしまう。

第4部「中国のいま・日本のこれから」。中国はこれから、覇権国家になるのだろうか?GDPでいえば、近い将来、中国は確実に米国を追い抜く。しかし、中国が全キリスト教文明圏を凌いでヘゲモニーを握るということは起こらないだろう。世界は、キリスト教文明圏による覇権に慣れているのに対し、中国の行動は予測不能だ。だから、中国が覇権を握らないように、よってたかって斜陽のアメリカにテコ入れするだろう。キリスト教文明圏だけでなく、インドやイスラム圏もそうするかもしれない。こうして、つっかえ棒がたくさんあるアメリカの覇権体制になるであろう。これは非常に納得のいく話だった。(13/09/14読了 13/11/19更新)

前へ   読書日記 2013年   次へ

Copyright 2013 Yoshihito Niimura All Rights Reserved.