読書日記 2013年

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匂いのエロティシズム 鈴木隆 集英社新書 ★★★★☆

匂い(嗅覚)とエロス(性)との関係を、科学と文学の両面から縦横無尽に語った、前衛芸術のような本。官能的な(sensual)香りの代表といえば、ムスク(麝香)。とはいえ、私にとってはムスクの香りは芳香のカテゴリーに属するものではなく、なぜそれが「官能的」と表現されるのか、いまいち理解できない。ムスクは媚薬として用いられたこともあるようだが、本当に媚薬的な効果があるのだろうか?

ヒトは、排卵期が隠蔽されるとともに、年中発情するようになった奇妙な霊長類である。教科書的には、フェロモン受容器官である鋤鼻器はヒトでは退化したことになっているが、それが実は機能しているかもしれない可能性について述べられている。

嗅覚と性との奇妙な関連を示す例として、「カルマン症候群」(Kallmann syndrome)という遺伝病がある。この患者の人たちは、なんと脳に嗅球がなく、生まれつき匂いを感じることができない。そして彼らは、第二次性徴を示さず、従って異性に興味を示さないという。第二次性徴は、視床下部(hypothalamus)で産生されるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)によって引き起こされる。GnRH産生ニューロンは、脳の発生の過程で olfactory placode で作られ、嗅球を経て視床下部に到る。そのため、嗅球がないと、結果的にGnRHが産生されなくなるのである。嗅球が存在しなくても知能は正常で、思春期を迎えるまで気付かれないことも多いというのは驚くべきことだ。それにしても、カルマン症候群の人たちは、嗅覚をどのようなものと捉えているのだろうか?

いわゆる「匂いフェチ」の人たちの中には、「ラバー系」の匂い愛好者がいるらしい。衝撃的なのは、全身をラバー性のボディスーツで包み込むことで性的興奮を覚えるという「ラバリスト」の存在である。全く理解できない世界だが、そのような嗜好の人たちが一定数存在するということは、人類のもつなんらかの普遍的な特性を反映しているに違いない。

最終章において、川端康成の『眠れる美女』について語られる。この小説は学生時代に読んだはずだが、ほとんど印象に残っていなかった。それは、「匂いとエロスが混沌として分かちがたいものであること、そして、この混沌は人間の生と死のあらゆる場面につねにつきまというものであることを、(・・・)濃密な形で表現した文学」なのだという。手元にある新潮文庫版の裏表紙には、「熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の名作」とあった。(13/11/05読了 13/11/19更新)

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