プーチンの復習と第三次世界大戦序曲 ★★★★☆ 舛添要一 集英社インターナショナル新書
ウクライナ戦争の背景を理解するためには、ロシア史を「タタールの軛」まで遡って見ていかなければならない。
それにしても、スターリンという怪物を産んだロシアの歴史は、まことに苛烈である。
第一次大戦に破れたドイツは多額の賠償金を課せられ、民衆はハイパーインフレに苦しめられた。そこに現れたのがヒトラーだった。ヒトラーは、完全に民主的な方法で政権の座につき、民衆に熱狂的に支持されたのだ。
第二次大戦終結後、そのことに懲りたアメリカは、敗戦国である日本・ドイツ・イタリアに対して寛大な占領政策をとった。その結果、この3国はアメリカの忠実な同盟国(犬)となった。
しかし、ソ連が自滅して東西冷戦が終結したときには、アメリカはこの教訓を忘れてしまっていた。唯一の超大国となったアメリカの傍若無人な振る舞いは、ロシアを追い詰めていった。そこに現れたのが、かつてのソ連帝国の栄光を取り戻そうとするプーチンだった。つまり、(プーチンはウクライナをナチス呼ばわりしているが)プーチンこそが実にヒトラー的存在なのだ。
本書で引用されているサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』を繙いてみると、1990年代後半、ソ連崩壊直後のウクライナの状況がわかって興味深い。
ウクライナは、当時から「分裂した国家」だった。しかも、西欧文明圏とロシア文明圏の境界線が、ウクライナの国土のど真ん中を貫いているのだ。
ハンチントンは、ウクライナの運命について、3つの可能性を挙げている。
①武力衝突
ハンチントンは武力衝突の可能性について言及したあとで、「…しかし、重要なのが文明であるなら、ウクライナ人とロシア人とのあいだに武力衝突が起こるとは考えられない。両者ともスラブ人で、大半が正教会系であり、何世紀にもわたって緊密な関係を保ち、両者のあいだの結婚もごく普通に行われている。…1995年現在、ロシアとウクライナのあいだの武力衝突は事実上一度も起こっていない」と述べている。
②「二つ目の、もっと実現の可能性のある道は、ウクライナが断層線にそって分裂し、二つの独立した存在となって東側がロシアに吸収されるというものだ」
③「三つ目のさらに可能性の高いシナリオは、ウクライナが統一を保ち、分裂国でありつづけ、独立を維持し、おおむねロシアと緊密に協力しあうというものだ」
しかし、一番ありえなさそうに思われ、かつ最悪な、①のシナリオが現実になってしまった。
こうしてみると、②は①よりずっとマシなシナリオだったように思えてくる。
そもそも、クリミア半島はロシア共和国の一部で、1954年にフルシチョフの気まぐれによってウクライナ共和国にすげかえられた(ただし、クリミア半島には元来タタール人が住んでいたが、スターリンによって強制移住させられた)。当時はソ連だったから、どちらでもよかったのだ。
(国家は全力で阻止しようとするが)分離独立運動は世界中で起きているし、それ自体は否定すべきものではない(そうでないと、チェチェンや東トルキスタンは永久に独立できないことになってしまう)。
したがって、クリミア半島と東部のロシア人地域をウクライナから切り離し、西欧化したウクライナ人主体の(西)ウクライナを作るというシナリオは、ウクライナ人にとっても悪くないように思う。
ところが、欧米から無尽蔵に武器が供給された結果、ウクライナは果てしのない「代理戦争」に引きずり込まれてしまった。
この戦争がどのように終結するのか、落とし所がまったく見えない。やはりこれは、第三次世界大戦の序曲なのだろうか。(23/07/01読了 23/07/04更新)