Home > 世界中の山に登りたい! > 空港から八丈島最高峰・八丈富士
八丈島は、東山と西山がつながったひょうたん型をしている。平地はひょうたんのくびれの部分にわずかにあるだけで、しかもその大部分を飛行場の滑走路が占めている。
東山は別名を三原山といい、西山は別名を八丈富士という。八丈富士は、その名に恥じぬ、お椀を伏せたような端正な円錐形をしている。標高854メートル。というと山の範疇にも入らないと思うかもしれないが、これが意外に侮れないのである。この山は伊豆諸島の最高峰であり、日本のすべての島の中でも(主要四島と北方領土を除き)6番目に高い(屋久島・利尻島・佐渡島・トカラ列島の中之島・南硫黄島の次)。
八丈富士は、多くの観光客を集める八丈島随一の観光スポットである。7合目の登山口から山頂まで階段が続いており、富士山よろしく火口の縁を一周する「お鉢巡り」ができる。
実は、この7合目の登山口まで、空港から1時間ちょっとで歩いて行けるのだ。日本広しといえども、空港から直接登り始めることができる山はそう多くはないだろう。
09:50 空港発
10:35 車道に合流
11:00 7合目登山口
11:30-12:30 お鉢巡り
13:15 中央火口丘
13:30 下山開始
13:50-14:05 車道で休憩
15:05 空港着
大晦日の朝、7時30分羽田発の飛行機に乗り込む。強風で着陸できない可能性もあったが、1時間足らずで無事に八丈島空港に着いた。
空港のレストラン「アカコッコ」で一服。コインロッカーにスーツケースやパソコンをブチ込み、山の格好に着替える。9時50分出発。
空港前の幹線道路を折れて脇道に入ると、早くも人影が途絶える。やがて、舗装道路がぼうぼうの草で覆われ始める。なおも歩き続けると、背丈ほどの草が繁茂し、心細い轍が辛うじて伸びているというような道になる。ここを歩く人は、もはやほとんどいないのだろう。
しばらくすると、立派な舗装道路と合流。クネクネした車道を登っていくと、何台かの車が停まる駐車場に着いた。ここが7合目の登山口だ。
そこから、1280段の階段を駆け上る。30分ほどで火口の縁に躍り出た。
そこには息を飲むような光景が広がっていた。荒涼とした富士山の火口とはまったく違う。八丈富士の火口は、一面深い緑で覆われているのだ。
風が強い。風よけのために雨具を着込み、目出し帽をかぶる。ザックをかき回してみたが、手袋が見つからない。空港でザックに詰め忘れたのだ。そのため、手が凍傷になりそうになった。
いつの間にか空は灰色の雲で覆われ、パラパラと雹が降ってきた。凄まじい強風。雹が顔に打ち付け、痛くて目も開けられない。南国だと思って舐めていたが、冬山の耐寒訓練にも使えそうなハードさだ。
最高地点に到達するも、身体を飛ばされそうな程の強風が容赦なく吹き付け、悠長に自撮りをしている余裕もない。
お鉢巡りは、クレバスのような割れ目がパックリと開いていたり、一方が断崖になっていたりしてなかなかスリリング。強風に煽られながら這うようにして前進していくと、海上にそそり立つ小山のような八丈小島が現れた。
あの頂に立ってみたいものだ。かつては八丈小島にも人が住んでいたが、昭和44年に全員が離島して無人島になった。現在は、船をチャーターする以外に上陸する方法はない。
突然、陽が差し始め、先ほどの荒天が嘘のような穏やかな天気になった。風がなければば温かい。こうなると、快適な稜線漫歩である。
こうして、小一時間ほどでスタート地点に戻ってきた。
最高地点は指呼の間。今、頂に立てば、いい写真が撮れそうだ・・・。
などと思うが、ものの5分もしないうちに再び霰がぱらつき始めた。天気はめまぐるしく変わる。
火口の中に神社があるらしいので、降りていくことにする。
今度は、激しく雪が降り始めた。南の島に雪が降る。そうして辿り着いた浅間神社は、静謐な空気に包まれていた。まさにパワースポットと呼ぶに相応しい。ここに、こんなところがあるなんて・・・。
かつてはここにも人々の生活があった。日本の多くの島で起きていることだが、ここも、次第に自然に還っていくようだった。
来た道を引き返す。標識の反対側の矢印には「中央火口丘」と書かれていた。何があるのだろう?地図には載っていないが、行ってみることにした。
火口のジャングルの中に縫うようにか細い道が続き、いつまで経ってもゴールに到達しない。いい加減不安になってきた頃、唐突に美しい湖が現れた。ここは火口の中心部、一番窪んだところだ。
こうして、八丈富士を十分に堪能して、下山開始。元来た道を駆け下り、15時05分、空港へと戻ってきた(つまり、この山は、東京から日帰りで登ることができる)。なかなかの満足感だ。
こういう、ただ歩き続ける旅がしたい。これが、自分の理想とする旅のスタイルなのかもしれない──と思った。
山頂付近から三原山(701m)をのぞむ。平地の大半を滑走路が占めている
空港に着く頃、雨が降り出した。
荷物をピックアップして、タクシーで本日の宿に向かう。タクシーの運転手が話すことの約3割は聞き取れなかった。
多くの日本人にとっては思いもよらぬことだろうが、国際基準では、八丈島で話されている言語は日本語ではない。それは、八丈語という。日本の少数言語はすべてそうだが、ユネスコの絶滅危機言語の一つに数えられている。
こんなご時世でも、大晦日の八丈島の民宿はすべて満室だった。「アイル八丈」という素泊まりのみの宿だけが空いていた。キッチンも完備されてドミトリー風だが、部屋は個室で、とても清潔である。
八丈島にコンビニはなく、元旦にはほとんどの商店が閉まる。シャワーを浴びて一休みしてから、買い出しに出掛けた。八丈島最大の店、「八丈ストア」で、二日分の朝食と明日の昼食を買い込んだ。
それから、「魚八亭」という居酒屋で、島魚の刺身や「くさや」を肴に島の焼酎を呑む。今日、東京では1337人もの感染者が出たそうだ。したたかに酔った。
店を出ると、暴風雨が吹き荒れていた。恐ろしく寒い。凍える手でスマホを操作しながら、大きな荷物を抱えて街灯のない真っ暗な道を足早に歩いていくと、石垣に激突した。超痛い。
宿に戻って傷を改めると、向こう脛からひどく流血していた。明日も一日歩き続ける予定だというのに、自分の阿呆さ加減がつくづく嫌になる。
2021年元旦。
この日は、宿からもう一つの山・三原山まで歩き、いくつかの滝を見学したのち、地元民の集う温泉に下山し、バスで宿に戻るという計画だった。
しかし、やんごとなき事情により、急遽東京に戻らなければならなくなった。
元旦の昼の飛行機は空いていた。わずか一日ちょっとの滞在だったが、それでも、思ったよりもずっと濃厚だった。
まぁ、また来ればいいさ。ここを拠点として、東京一の秘境・青ヶ島へも行かなければならないのだから。