Home > 世界中の山に登りたい! > 早池峰

岩手県は、四国全土に匹敵するほど大きい。岩手県の3分の2ほどを占める北上山地は、「日本のチベット」と称されるほどに人煙まばらである。その北上山地でずば抜けた高さを誇るのが、早池峰(1917m)である。東北全体で見ても、鳥海山、岩手山、月山に次いで高い。
柳田国男の「遠野物語」にも登場し、六角牛(ろっこうし)山(1294m)、石上山(1038m)とともに遠野三山と称される信仰の山でもある。

盛岡を拠点にしてどこに行こう、と呻吟していたら、早池峰に面白そうな縦走路を発見した。山麓の岳という集落には数件の民宿がある。週末に雨マークが並んでいたのでテンションが上がらないまま、出発前日になってしまった。こんな梅雨時に山に登ろうとする物好きはあんまりいないだろうとタカをくくって民宿に電話すると、どこもすでに満室だという。

早池峰は、「花の百名山」の一つにも数えられ、高山植物の宝庫として有名である。実は、ハヤチネウスユキソウの咲く7月上旬は、この山が一番混雑するときだったのだ。
深田久弥がこの山を訪れたときは、まだ知る人も少なく、頼めばどこの家にでも泊めてもらえたという。今や、高山植物好きのオバサマ方が大挙して押しかける山に成り下がってしまった。まったく隔世の感がある。
結局、すべて宿が満室だったのだが、最後に電話した宿の隠し部屋(?)に泊めさせてもらうことができたのだった。

コースタイム

5:31 岳バス停発(シャトルバス)
6:05 小田越発
7:20 五合目
7:55-8:15 早池峰山頂
9:35-9:45 中岳山頂
11:35-11:45 鶏頭山山頂
12:00-12:05 ニセ鶏頭
12:25-12:35 避難小屋
13:05 林道
15:34 岳バス停発(バス)
16:55 盛岡着

早池峰〜鶏頭山 縦走記

東京では知らないうちに梅雨が明けていたが、松川温泉は河川が氾濫しそうなほどの激しいゲリラ豪雨に見舞われていた。
盛岡から岳の集落へ至るバスは1日3便しかないが、M先生の運転する車で送ってもらった。雨も上がり、早池峰神社は静謐な気が満ちていた。
「うすゆき荘」にて旅装を解いた。

早池峰神社

奇跡的な梅雨の晴れ間を期待したが、翌朝起きてみると、空は厚い雲で覆われていた。
岳から小田越まではマイカー規制が敷かれていて、30分おきにシャトルバスが走っている。
朝一の5時半のバスに乗るべく、お弁当の巨大なおにぎりを一つ食べて宿を発つ。
バスは、擦れ違い不可能な細い山道を登っていった。30分近くも走って、ようやく登山口の小田越に着いた。ここは、岳よりも700mも標高が高い。そのため、岳から逆回転にして小田越に下りるルートを取ると、コースタイムが更に2時間も長くなる。小田越から岳へと下るコースだと、標準タイムは8時間半ほどである。

うすゆき荘を出発!

雨の小田越登山口

小田越は雨だった。
早池峰にはトイレがないため、登山口で350円の携帯トイレが売られている。

木道を少し歩いて、山道にさしかかると、やがて本降りになった。諦めて雨具を装着する。
30分も登ると、もう森林限界を超えて、ハイマツ帯になる。
風が強い。寒い。
ラン用半袖シャツ+ラン用長袖シャツ+雨具という出で立ちだったが、暴風態勢が甘かった。夏山だと思って見くびっていたが、まったく北東北の山は侮れないのだ。
早池峰は、標高こそ2000mに満たないものの、驚くほど森林限界が低く、短時間で高山の雰囲気を味わうことができる。長野県あたりの2000m峰とは比べものにならないくらい気象条件が厳しく、植生も全く異なっている。
ほどなくして、登山道の両脇に、可憐な白い花が現れた。これが、早池峰の固有種として有名なハヤチネウスユキソウ Leontopodium hayachinense だ。

ハヤチネウスユキソウ(早池峰薄雪草)

ミヤマオダマキ(深山苧環)とミヤマアズマギク(深山東菊)

五合目に到着。マイカー規制が敷かれる5時より前に入山した老夫婦を追い越すと、もう私の前には誰もいなかった。
昨日の大雨で滑りやすくなった蛇紋岩を登っていくと、行く手に鉄梯子が現れた。ピーク時にはここで順番待ちの行列ができるらしい。

山頂を目指す

八合目の鉄梯子

岩場を登っていく

ここをクリアすればあとは、咲き乱れる高山植物を愛でながら、山頂へと続く木道をゆるゆると辿ってゆけばよい。
さっきみたいな強風と雨が続くなら、山頂まで行っておとなしく引き返そうと弱気になっていたが、空が明るくなってきたようだ。

ハイマツ帯をゆく

コバイケイソウ(小梅蕙草)

ミヤマシオガマ(深山塩釜)とミヤマアズマギク(深山東菊)

山頂に着いた。頂上には、河原の坊から登ってきた一行がいて、そこそこの賑わいを見せていた。
ラッキーなことに、山頂に着くと同時に、風が止んだ。予定通り、縦走路を行くことに決めた。

山頂の避難小屋

山頂に着いた!

一瞬の晴れ間

一瞬、青空が覗く。少し粘ってみたが、北東北の山々を拝むことは叶わなかった。
お弁当のおにぎりをもう1個食べ、出発する。

縦走路に一歩足を踏み入れれば、静寂そのものである。この山が一番賑わう時期でありながら、この日このルートを辿った者は3人しかいなかった。
ハイマツの海の中を泳いで行く。実に北方的な景観が広がっている。
ハイマツの海を抜けると、今度はシラビソの海が現れる。昨日の豪雨で、登山道に巨大な池ができている。
ここで、ガチトレイルランナーと擦れ違った。この先険しい岩場が続くのに、相当に速い。このルートでトレランはあり得ないと思った。

ハイマツの海

ハイマツ帯からシラビソ帯へ

中岳到着。
このあたりの岩場はなかなか厳しい。ルートははっきりしているが、ホントにこっちでいいの?というような岩場が続く。
中岳を過ぎて少し行くと、やがて、戸隠山の「蟻の戸渡り」を彷彿とさせる、両側がスッパリと切れ落ちた岩場が出現する。落ちたら大怪我は免れず、救助は当分来そうにない。昨日の大雨で蛇紋岩がツルツルに滑りそうで、なかなかスリリングだった。

中岳山頂

「蟻の戸渡り」的なところ

鶏頭山までの道のりは長かった。
途中、「100m下ると水場」というNo.161がある。「山と高原地図」ではその場所が間違っていて、実際には、1468m点よりも中岳側にある。
iPhoneの「山と高原地図」アプリを使い始めたが、これは現在位置を常に確認できるので、とても便利だ。充電の減りが早いのが難点だが。

鶏頭山山頂

笹をかき分け、靴をジャブジャブ浸水させながら泥道を進み、やっと辿り着いた鶏頭山山頂は、地味なピークだった。
晴れていれば素晴らしい展望が望まれたのかもしれないが、残念ながら視界は真っ白だ。
誰もいない。また風が冷たくなってきた。

三角形の岩の上に取り付けられた鉄梯子を登ると、小さなお地蔵様が祀られたニセ鶏頭の頂上だ。

お地蔵様のいるニセ鶏頭

ニセ鶏頭の鉄梯子

次第に標高を下げ、蒸し暑くなってくる。
立派な避難小屋を過ぎると、やっと走れそうな道になる。軽登山靴でも全然走れるじゃん、と思って調子に乗って加速したら、左足の中指を強打した。激痛。やっぱりトレランシューズに比べると、足の運び方が難しい。

鶏頭山避難小屋

13時05分、林道に着いた。
盛岡へと向かう唯一のバスが出発するまで、まだ2時間半もあった。十分間に合った。
日本の原風景のような田園風景の中をテクテク歩いて、岳の集落に戻ってきた。

あじさいが咲き乱れる

岳の集落

早池峰を見上げる

なおも歩いて、峰南荘へ行った。ここでお風呂に入ることができるのだ。
ズブ濡れだった服を着替え、隣の食堂で早池峰そばをいただく。
そうして、うすゆき荘に預けてあったスーツケースをピックアップして、盛岡行のバスに乗りこんだ。

アクロバティックで、変化に富んだ楽しい縦走路だった。
岩手の山々を拝めなかったのは残念だが、前日のゲリラ豪雨を思えば、雨に祟られなかっただけラッキーだった。いや、景色なぞ見えなくとも、少なくともトレーニングとしてはとても充実していた。(13/07/19更新)

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