読書日記 2009年

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論文捏造 村松秀 中公新書ラクレ ★★★★☆

ヒトES細胞の黄禹錫教授や、東大や阪大の事件が記憶に新しいが、医学・生物学の分野では捏造事件があとを絶たない。
本書は、捏造が起こりにくそうな物理学(超伝導)の分野で、将来を嘱望されたドイツの若き物理学者、Jan Hendrik Schönが起こした、空前絶後の捏造事件を追った秀逸なルポルタージュである。こういう、一般社会にとって直接影響がないと思われる事件を取り上げて、綿密な取材を行った著者に敬意を表する。

シェーンは、1998年から2002年にかけて、Nature7本、Science9本を含む63本もの論文を量産し続けたという。1本や2本ならばともかく、疑惑の声が上がっていた時点においてもなお、なぜレビュアーは論文を通したのか。自身が優れた研究者であるリーダーのBertram Batlogg教授が、一度も実験の現場を見たことがないにもかかわらず、なぜ捏造に気付かなかったのか。全く理解に苦しむ。

一方で、理解できる部分もある。
NatureScienceなどの商業誌は、センセーショナルな論文を求めること。かつて6人ものノーベル物理学賞受賞者を輩出したベル研究所が、シェーンが研究していた頃には凋落していたこと。(2008年には、遂に基礎研究部門が閉鎖されたらしい。)
そして、根本的な問題は、論文を出すことが目的になってしまった、現在の論文至上主義の風潮であろう。もちろん、かつてのように貴族的にサイエンスを行うことはもはや不可能なので、これはある程度は仕方のないことである。ただ、99.99%の科学者にとっては、捏造しようなどとは夢にも思わないことなのである(と私は信じる)。アメリカのORI(Office of Research Integrity、研究公正局)のような殺伐とした監視システムが作られないことを願う。

本当に大切なのは、科学が本来の姿を取り戻すこと、つまり、技術(もっと端的に言えば、経済)に結びつかないことの価値を認めること、ではないだろうか。(09/03/07 読了)

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