読書日記 2010年

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香りの愉しみ、匂いの秘密 ルカ・トゥリン 河出書房新社 ★★★★☆

匂いの帝王』の主人公、ルカ・トゥリン自身の手による、匂いの化学の本。神経科学の分野から最先端の嗅覚研究を進める研究者の多くは、匂い分子の構造などには目もくれない。しかし、嗅覚は分子に対する感覚なのだから、化学の世界に属することを忘れてはいけない。

光の波長が変われば、それに応じて色の見え方は連続的に変わる。では、分子の形が変わると、匂いの感じ方はどう変わるのか?分子構造と匂いとの関係はまさに複雑怪奇で、ほとんど法則性らしきものは見つかっていないのである。

香りを伝えるには、言葉で表現するしかない。ベスト・セラーになった香水ガイドの執筆者だけあって、トゥリンの文体は、独特の妖艶な香りが立ちこめている。翻訳もよい。

後半は、筆者の提唱する「振動説」について解説している。この「振動説」は、嗅覚を研究する神経科学者や心理学者からはすこぶる評判が悪く、ほとんど感情的と言っていいほどのバッシングを受けるか、徹底的に無視されている。ただし、香料業界の人間からは高く評価されているらしい。トゥリンは自分の置かれた状況をよく弁えていて、慎重に言葉を選びながら控えめに書いている。

そうであってもなお、本書を徹底的に批判した書評が専門誌に掲載されている(Hettinger TP (2008) Scent and Alchemy: The Paperback. Chem. Senses 33: 575-579.)。そこでは、

  • P.110の分子式はイソメラーゼではない(酵素ですらない)
  • 「匂いのアンタゴニストは見つかっていない」(P. 139)はウソ
  • などいくつかの誤りが指摘されている。ただ、肝心の振動説がダメな理由については、水掛け論になってしまっている。(10/08/11読了)

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