読書日記 2010年

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トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか 羽根田治、飯田肇、金田正樹、山本正嘉 山と渓谷社 ★★★★☆

2009年7月16日。アミューズトラベル社率いる旭岳〜トムラウシ縦走ツアーにおいて、15人の客と3人のガイドからなるパーティーのうち、ガイド1人を含む8人が死亡するという前代未聞の大量遭難事件が発生した。死因は低体温症である。夏山でも低体温症は起きるし、低体温症にかかると、人はあっけなく死ぬ。山岳遭難をライフ・ワークとする羽根田治氏が、生存者からのインタビューをもとに、修羅と化した遭難現場を臨場感あふれる筆致で再現している。

それにしても、想像を絶する事件だ。「ガイド」とは名ばかりで、引率していたのは、登山経験のない単なる旅行会社の添乗員だった・・・などという話もあったように思う。しかし、事実は全くそうではない。

全体のリーダーであるNガイド(61歳)。この人が亡くなったガイドである。驚くべきことに、Nガイドは、日本山岳ガイド協会認定の山岳ガイドで、ヒマラヤやアンデスでのガイド経験もあるという。それがなぜ、こんな事態になってしまったのだろうか?リーダーが真っ先に倒れてしまうというのは論外で、無責任なことこの上ないが、本人は死んでお詫びをしたつもりだったのかもしれない。

Yガイド(38歳)。このガイドも低体温症で動けなくなり、意識を失ってハイマツの中に倒れ込んだ。翌朝、たまたま通りかかった別のツアーの登山者に発見され、ヘリで搬送されて集中治療室で一命を取り留めたという。だから、Yガイドが助かったのは、単に運が良かったに過ぎない。

そして、Sガイド(31歳)。このルートを歩いたことがあるのは、このSガイドだけだった。Sガイドは行動不能に陥った3人の客とビバークしたが、そのうち2人は亡くなり、助かった1人とともに翌朝ヘリで収容された。3人のガイドはこんな状況だったので、生存した参加者のほとんどは自力で下山している。

3人とも、山の実力はあったはずだ。しかし、ガイド同士が初対面で、信頼関係がなかった。ガイドは会社に雇われている身分なので、現場を知らない会社の事情を優先しなければならない。ツアー登山の怖さはここにある。顧客が個人的にガイドを雇うのであれば、全責任はガイドにあるが、ツアー登山では責任の所在がはっきりしないのだ。大所帯になればそれだけ、遭難のリスクは高くなる。この事件は、明らかに人災だったと思う。

これほどの大量遭難事件を起こしてもなお、アミューズトラベル社はリスキーなツアー登山を継続している。それはしかし、顧客がいるから商売として成立しているのである。事故の後、日本百名山の一つの山で、足もとの覚束ない老人の大集団に遭遇した。そのツアーは、やっぱりアミューズトラベル社のものだった。(10/09/13読了)

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