読書日記 2013年

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ABC予想入門 黒川信重・小山信也 PHPサイエンス・ワールド新書 ★★★☆☆

互いに素な自然数の組 (a,b,c) で、a < b < c, a + b = c であるようなものを abc-triple と呼ぶ。自然数 n について、n の互いに異なる素因数の積を根基(radical)と呼び、rad(n)と書く。すると、ほとんどの場合は、

c < rad(abc) (*1)

が成立する。しかし、少し計算してみれば分かるが、次のような反例が見つかる(c < 100 の反例はこれで尽くされている):

1 + 8 = 9, 9 > rad(1 × 8 × 9) = 2 × 3 = 6
5 + 27 = 32, 32 > rad(5 × 27 × 32) = 2 × 3 × 5 = 30
1 + 48 = 49, 49 > 2 × 3 × 7 = 42
1 + 63 = 64, 64 > 2 × 3 × 7 = 42
1 + 80 = 81, 81 > 2 × 3 × 5 = 30
32 + 49 = 81, 81 > 2 × 3 × 7 = 42

abc-triple のうち、c < 10000 のものは約1.5×107個あるが、そのうち反例は120個しかないから、反例は稀にしか出現しない。ただし、反例は無限個ある。実際、(1, 8, 9) = (1, 32-1, 32), (1, 80, 81) = (1, 34-1, 34), (1, 6560, 6561) = (1, 38-1, 38), ... はすべて反例である。

そこで、(*1)の右辺を少し大きくして、[rad(abc)]κ (κ > 1) なる数を考える。abc予想とは、

任意の κ > 1 に対し、c < [rad(abc)]κ を満たさない abc-triple は有限個である

ということである(本書では、別の形でabc予想が書かれているが、同じことである)。つまり、κ = 1 ならば反例は無限個あるのだが、1よりもほんのちょっとでも大きくなると有限個になるだろう、というのがabc予想である。

log[rad(abc)] / log(c) を質(quality)と呼び、q と書く。c < 100 の6個の反例に対する q の値は、それぞれ 1.2262, 1.0189, 1.0412, 1.1126, 1.2920, 1.1757 である。現在のところ、1020までの c に対してコンピュータを用いた網羅的な解析がなされているが、q > 1.6 であるような abc-triple(κ = 1.6 の反例)は次の3個しか知られていない:

(2, 6436341, 6436343) = (2, 310×109, 235)
(121, 48234375, 48234496) = (112, 32×56×73, 221×23)
(24833, 5020969537415167, 5020969537440000) = (19×1307, 7×292×318, 28×322×54)

これら3つの例では、q の値は 1.6299, 1.6260, 1.6235 である。q > 1.5 だと知られている例は13個あり、q > 1.4 だとその数は236個となる。小さな c に対し、初めてq > 1.4, q > 1.5となる例はそれぞれ

(3, 125, 128) = (3, 53, 27) q = 1.4266
(1, 4374, 4375) = (1, 2×37, 54×7) q = 1.5679

である。

κ = 2 まで大きくすると、もはや反例は存在しないことが予想されているが、この予想は未解決である。(abc予想が正しくても、「κ = 2 のとき反例が存在しない」が正しいとは限らない。)つまり、証明も反例も見つかっていない。もし、この予想が正しければ、ただちにフェルマー=ワイルズの定理が導かれる:

証明 xn + yn = zn を満たす自然数 x, y, z に対して予想を適用すると、

zn < rad(xnynzn)2 = rad(xyz)2xyz2 < z6

よって n < 6。n = 3, 4, 5 の場合のフェルマー予想に対しては、オイラー、フェルマー、ディリクレによる古典的な証明が存在するので、これで証明が完了する。■

フェルマー予想は解決までに350年以上かかり、リーマン予想は提唱されてから155年経った現在でもなお解決されていない。それに対し、abc予想は28年前に提唱されたので、数学の予想としては比較的新しいものである。2012年8月に京都大学の望月新一氏が、abc予想を証明したとする論文をインターネット上に公開した。この論文は4部からなり、500頁以上におよぶ長大なものである。この「宇宙際タイヒミュラー理論」("Inter-universal Teichmüller Theory I~IV") という題名の大論文は、プロの数学者でもその全貌を把握している者は望月氏をおいて他にないと言われ、その検証にはかなりの時間を要すると考えられる。望月氏は16歳でプリンストン大学に入学し、23歳で博士号を取得しているから、やはりこういう天才にはアメリカ式の教育が合っているのかもしれない。

本書は、多項式版のabc予想や(一般化された)フェルマー予想は整数版よりも強い条件で成立し(多項式の世界では、(*1)に相当する不等式が常に成立する)、その証明もはるかに易しいことが述べられている。個人的には、上に書いたような具体的な数字がたくさん出てくるともっと楽しいのではないかと思った。ワイルズによるフェルマー予想の証明や、望月論文には、モジュラー群とか保型形式といった概念が出てくるのだが、これらについて解説した第5章はサッパリ分からなかった。本書で参考図書として挙げられている『数論II』(岩波書店)にも目を通してみたが、ますます訳が分からなかった。それとてワイルズや望月の証明の入り口にすら立っていないわけで、誠に現代数学の世界は奥が深い。

参考:
ABC予想—Wikipedia
フェルマー予想とABC予想 (PDF)  注:12頁3行目に誤植がある。(誤)319 → (正)318
Bart de Smit's ABC Triples website

リンク:
望月新一教授のホームページ
The ABC conjecture homepage

(13/11/06読了 13/11/07更新)

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