読書日記 2009年

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エベレストを越えて 植村直己 文春文庫 ★★★★★

植村直己は偉大だった。
日本人初のエベレスト登頂、世界初の五大陸最高峰登頂などの結果もさることながら、そのプロセスが素晴らしいのだ。
ヒマラヤで越冬し、シェルパとともに暮らしながら、標高4000mの高所で7キロの山道を毎日走り続ける。1970年、日本山岳会が国家の威信を賭けたエベレスト登山隊で、並み居る登攀の猛者たちをさしおいて最初の登頂を果たしたのは、植村直己だった。
本書を読んでみれば、ラッキーだった面もあるが、それも彼の人柄が呼び寄せたように思われる。文筆家としても人を惹きつける魅力があって、さりげない文章の中に温かい人柄が偲ばれる。
1980年、植村が隊長を務めた厳冬期エベレスト登山隊は、登頂を果たせず、目の前で隊員が死亡するという最悪の結末を迎える。そのときの隊員だった土肥正毅氏の解説が、全てを物語っている。

 ひとの嫌がることは、自らかって出ることが多く、どんな仕事にも骨惜しみをせず、馬鹿正直なほど取り組んだ。決して不平や不満をもらすことなく働いた。
 自分には厳しく、他人に対しては寛大であった。また特に、先輩には礼儀を重んじ、ひとを立てることを忘れなかったし、細かい事にも気を配る男であった。私もその恩恵に浴したひとりであったが・・・、それが又、あの人なつこい、さわやかな笑顔であったから、本当に気持ちよく接することができた。後輩に対しても、誠に親切で、決して先輩風を吹かせることもなく面倒をみるので、誰からも慕われ尊敬された。それが精神的にも、肉体的にも極限状態にある山の中においてであるから、下界ではしかりである。
 植村は冒険家としての偉業はさることながら、人間的にもあれほどのヤツはいなかった。現代の人間が失っている、礼儀正しさ、義理堅さ、謙虚さ、誠実さ、全てを兼ね備えた男であった。こういう人こそ、偉人と呼ばれるに値するであろう。そして、いつも自分を克服して、自分以上のものになろうと張りつめたあの心意気がたまらなく好きである。

これが決して誇張ではないであろうことは、本書を読めば分かる。(09/04/05 読了)

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