マリス博士の奇想天外な人生 キャリー・マリス ハヤカワ文庫 ★★☆☆☆
PCR(Polymerase Chain Reaction)。それが、その後もたらしたものの大きさを考えれば、「分子生物学に革命をもたらした」などとという表現さえも陳腐に聞こえてしまう。そのPCRの原理を、彼女との真夜中のドライブ中に閃いて、1993年のノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスによる自伝。
自伝なので、この題名は明らかにおかしい(原著のタイトルは"Dancing naked in the mind field"という)。権威主義や型にはまったものが大嫌いなノーベル賞受賞者による自伝といえば、名著『ご冗談でしょう、ファインマンさん』が思い浮かぶ。しかし、マリス博士の人生は、ファインマン博士とは違って、人に薦められるようなシロモノではない。
訳者は、『生物と無生物のあいだ』の福岡伸一氏である。氏は「あとがき」で、「彼が、超常体験や宇宙人との接近遭遇を語っても、それは一種のエンターテインメントであ」ると述べているが、私には単なるドラッグの影響としか思えない。はっきり言って、マリス博士はただの「いっちゃってる」人なのだ。
サーフィン狂で4度も結婚していることはどうでもいいけど、HIVはエイズの原因ではないとか、フロンガスでオゾンホールはできないと主張し、占星術を信じ、LSDの効能を説く、というのは如何なものか。まぁ、LSDや覚醒剤を服用したときの幻覚がどんなものか、という記述自体は極めて興味深いが。
そして、マリス博士には謙虚さがない。
確かに、地球温暖化は、既に科学ではなく政治の問題である。しかし、地球環境を守るために人類が何か貢献できるというのは思い上がりであり、我々はビールでも飲みながら、多くの生物種が絶滅してゆくのをただ眺めていればよいのだ、などという考え方はそれこそ傲慢である。
リラックスするのは大いに結構だが、人は好きなことだけをやって生きられるのではない。彼の生き様からは、人生に対するいかなる教訓も得られない。(09/10/05 読了)