読書日記 2010年

Home > 読書日記 > 2010年

理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性 高橋昌一郎 講談社現代新書 ★★★★★

本書の続編にあたる『知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性』を先に読んだが、本書も大変面白い。人類の理性の限界を示す、パラドキシカルな3つの定理(原理)、

1. アロウの不可能性定理 Arrow's impossibility theorem
2. ハイゼンベルクの不確定性原理 Heisenberg uncertainty principle
3. ゲーデルの不完全性定理 Gödel's incompleteness theorem

について述べている。それぞれの話題は、いわば「手垢にまみれた」ものなのかもしれないが、この三者が無理なく融合して、一つの世界観を呈示しているところが新しい。

アロウの不可能性定理というのは初めて聞いた。「完全に民主的な社会的決定方法は存在しない」ことを述べた定理だが、要するに「選挙のルールを変えると当選者が変わる」ということだ。こういうことは実際によく起こっている。2000年のアメリカ大統領選挙でがブッシュがゴアを僅差で破って当選したが、総得票数ではゴアの方が多かった。もし直接投票制であればゴアが当選していたわけであり、そうすれば世界は今よりずっとマトモだった・・・かもしれない。それどころか、どんな選挙でも、戦略的な操作が可能なのである(「ギバード=サタースウェイト Gibbard-Satterthwaite の定理」)。では、完全に民主的な投票方法が存在しないとして、最も完全に近い投票方法は何だろうか?

ハイゼンベルクの不確定性原理はパラドックスではなく、科学的真実である。EPRパラドックスを検証したアスペの実験とか、メルリらの二重スリット実験の話は興味深いが、現在こういう問題を真剣に研究をしている理論物理学者はあまりいないように思う。ここから、クーンのパラダイム論とファイヤアーベントの方法論的虚無主義の話に移行するところが、著者の真骨頂である。ファイヤアーベントの自伝『哲学、女、唄、そして・・・』を読みたいのだが、残念ながら絶版になっているようだ(amazonで中古本が10000円もする!)。

第3章は、「抜き打ちテストのパラドックス」(もしくは「予期せぬ卵のパラドックス」)の話から始まる。これは、今や絶版になってしまったマーチン・ガードナー著『数学ゲームⅠ』(講談社ブルーバックス)に「予期せぬ絞首刑のパラドックス」として紹介されているものである。このパラドックスは自己言及性に起因していて、ゲーデルの不完全性定理によって説明可能であるらしいが、依然としてモヤモヤ感が残る。最後に、さりげなくチャイティン数Ωに言及して、本書は幕を閉じる。

対話形式なので読み易いが、扱っている内容はどれも非常に高度で、奥が深い。これを踏み台にしてもっと知りたいと思わせる、完成度の高い秀逸な新書である。(10/06/18読了)

前へ   読書日記 2010年   次へ

Copyright 2010 Yoshihito Niimura All Rights Reserved.