読書日記 2010年

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自殺死体の叫び 上野正彦 角川文庫 ★★★☆☆

その昔、『完全自殺マニュアル』(鶴見済、太田出版)という本がベストセラーになったことがある。この本は今でも絶版にならずに、書店で売られている。(18歳未満は購入できないことになっているが、amazonで誰でも買える)。医学の世界を知る著者からすれば、こんなものは「取るに足らない雑学本」に過ぎない、という。

著者は、元東京都監察医である。その仕事は、もの言わぬ死体が語りかけてくるメッセージに静かに耳を傾けることだ。いくら自殺に見せかけようとしても、見る人が見ればすぐに見破ることができる。飛び降りも飛び込みも醜いが、最も醜いのは溺死体(いわゆる土左衛門)だそうだ。法医学の教科書に「巨人様顔貌」と表現されるその顔は、「鬼」のモデルではないかと著者は指摘する。

美しい自殺の仕方なんかないし、安楽に死ねる方法もない。大小便の失禁、嘔吐物、口や鼻からよだれや血を流し、醜態をさらした後片付けは誰がやるのか、想像してみるがよい。これが、何千体もの死体と客観的に向き合ってきた著者のメッセージである。

それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが、現代社会において、死体を目にする機会は滅多にない。1929年生まれの著者は、平成元年に現役を引退している。著者が見つめてきた死体は昭和のものであり、本書に出てくるエピソードは、何か牧歌的でさえある。今、自殺を望む者が本書を手に取ったとして、どれほどの抑止力になるのかは疑問に感じる。(10/09/06読了)

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