読書日記 2010年

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化学の歴史 アイザック・アシモフ ちくま学芸文庫 ★★★★★

本書は、ほとんど奇跡といっていいくらいに素晴らしい化学史の本である。
化学の歴史という極めて地味な素材から、全体として一つの大きな物語を紡ぎ出し、読者を飽きさせずに最後まで引っ張ってゆく。さらっと書いてあるようでいて、一つ一つの事実を丹念に調べあげ、それを再構成して大きな流れの中に位置付けるのは、並大抵のことではない。やはり、アシモフは天才としか言いようがない。

化学の歴史とは、世界が何でできているかを知り、それを秩序立てて理解することであった。つまりは、新元素発見の歴史である。

古代から知られていた元素は、金・銀・銅・鉄・スズ・鉛・水銀の7種の金属と、炭素・硫黄の2種の非金属だった。中世の錬金術師は、砒素・アンチモン・ビスマス・亜鉛の4種類の元素を発見した。1670年頃には、リンが発見された。

18世紀に入ると、燃焼という謎めいた現象を理解するために、気体(ガス=「カオス」の意味)が研究された。そこから、窒素(「窒息させる気体」の意味)・水素・酸素・塩素が発見された。
また、鉱物学の進歩により、18世紀後半にはコバルト・白金・ニッケル・マンガン・タングステン・モリブデン・ウラン・ジルコニウム・チタン・クロムが発見された。

19世紀になると、電気分解という新しい手法が使えるようになった。これにより、カリウム・ナトリウム・マグネシウム・ストロンチウム・バリウム・カルシウムが分離された。19世紀の最初の10年で、上の6つの元素に加え、ホウ素・パラジウム・ロジウム・セリウム・オスミウム・イリジウム・ニオブ・タンタルが発見された。1830年までには、55種の元素が知られるようになった。

増え続ける元素のリストに秩序を見いだしたのは、よく知られているように、ロシアのメンデレーエフであった。
元素を原子量の小さい順に並べると、原子価が周期的に増減する。これが元素の周期表であり、1869年に発表された。彼はまた、周期表に隙間があることから、これから発見されるべき3つの新元素を予言した。
分光器というさらに新しい手法によって、メンデレーエフの予言から15年以内に、3つの元素全てが発見された。ガリウム・スカンジウム・ゲルマニウムである。また、希土類や不活性ガスという新しい元素群も、続々と単離される新元素とともに、周期表のあるべき場所に収まった。

20世紀に入ると、電子が発見され、原子の内部構造が調べられた。ここから先は物理学の歴史となる。放射能を研究することにより、数多くの放射性元素が同定された。ついに、原子番号(原子核の電荷の大きさ)という概念が理解され、未発見の元素がいくつ残っているかを正確に予言することができるようになった。1930年代の段階で、周期表の中で空席として残っていたのは原子番号43, 61, 85, 87の4カ所だった。天然に存在する元素の中で、最後の空席だった61番元素(プロメチウム)の席が埋められたのは、1947年のことであった。

原子の内部構造の理解は原子爆弾の製造を可能にし、さらには核融合反応を応用した水爆も開発された。原著が出版されたのは1965年のことで、本書の記述はここで終わる。その後の化学の発展はしかし、化学という学問体系全体から見れば、枝葉にすぎないように思われる。本書を通読してみれば、人類が追究してきた壮大な物語が完成するさまを目の当たりにして、静かな興奮を覚えずにはいられない。

本書の邦訳は1967年に出版されたが、今年になって、ちくま学芸文庫として復活したのは素晴らしい。アシモフは、生物学の歴史についての本も記している(『生物学小史』共立出版)。しかし、1960年代といえば、分子生物学の黎明期であり、今日我々が知っている生物学のほとんどはそれ以降に創られたものである。アシモフが生物学史をどのように捉えていたか、非常に興味あるところだが、残念ながらそちらは絶版のままである。是非、復刊して欲しい。(10/10/30読了)

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