DNA ジェームス・D. ワトソン、アンドリュー・ベリー 講談社 ★★★★☆
1953年2月28日、ワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発見から50周年を記念して企画された本。
We wish to suggest a structure for the salt of deoxyribose nucleic acid (D.N.A.). This structure has novel features which are of considerable biological interest.
DNAの塩の構造を提案したいと思います。この構造は、生物学的に見て、非常に興味深い新しい特質を備えています。
で始まる、科学史上最も有名な論文がNature誌に掲載されたとき、ワトソンはまだ25歳になったばかりだった。彼らは、巧妙な実験を考案したわけでもないし、画期的な新理論を構築したわけでもない。ただ、厚紙を切り抜いて作った4種類の塩基模型を使って、立体ジグゾーパズルを組み立てたに過ぎない。
ワトソンは決して天才ではない(クリックの方はよく分からない)。この二重らせん構造は、ワトソンとクリックがいなくても、1年以内に誰かが発見していたはずであり、彼らはたまたまそこに居合わせただけだった。
でも、全てはここから始まったのだ。
本書は、とてもよくまとまった分子生物学の通史である。1960年代のセントラル・ドグマの確立と遺伝暗号の解読。1970年代の、DNAクローニング技術の確立と遺伝子工学の幕開け。それらが、1980年代後半から始まるヒトゲノム計画へとつながってゆく。他に、遺伝子組み換え作物の是非、DNAでたどる人類の歴史、DNAによる犯罪捜査、病原遺伝子の探索と遺伝子治療、などの話題について分かりやすくまとめられている。
ワトソンと言えば、数々の問題発言でも有名である。2007年には、「黒人は白人よりも知能が劣る」という趣旨の発言をしたことで、コールド・スプリング・ハーバー研究所の所長を解雇されている。
最終章で、知能を決めるのは「氏か育ちか」という問題について論じている。個人的には、身長が遺伝と環境の両方によって決定されているのと同じように、知能も遺伝と環境の両方で決定されていることは、極めて自明に思える。従って、平均身長が民族間で差があるように、平均の知能も民族間で異なるはずである。(もしそうであったとしても、あくまでも「平均」の話であり、そこから個人のことは何も言えないことに注意。)
問題なのは、身長と違って、知能を測る客観的な基準が存在しないことである。
ワトソンは本書の中で、「IQが他のアメリカ人よりも低いアフリカ系アメリカ人」(P. 480)という表現を使っている。それに続いて、これは「スラム化した都心部の貧しい背教育環境に生まれ育っている」ことの影響であるとも述べている。ここでも問題となるのは、「IQ」と「知能」は異なるのに、ワトソンはその両者を区別せず、どちらもはっきりと定義せずに使っていることだ。いずれにせよ、これが物議を醸す発言であることは間違いない。
なお、私は個人的には、(ワトソンとは逆に)日本人や大部分の白人のように文明化された生活を送っている民族の方が、狩猟採集民よりも平均知能は低いはずだと思っている。それは、狩猟採集民の方が、はるかに淘汰圧が強いためである。
最後に、一ヶ所だけ本書の誤りを指摘しておく。イントロンの説明として「『中間にあるもの』の意」(P. 143)と書かれているが、イントロンは"intragenic regions"から命名されたものなので、正しくは「遺伝子の内部にあるもの」の意味である。(10/10/22読了)