読書日記 2011年

Home > 読書日記 > 2011年

朽ちていった命 NHK「東海村臨界事故」取材班 新潮文庫 ★★★★★

1999年9月30日午前10時35分。茨城県東海村の核燃料加工施設「JCO東海事業所」では、高速実験炉「常陽」で使う高濃度ウラン燃料の加工作業が行われていた。作業員たちは、バケツで7杯目のウラン溶液を沈殿槽に流し込み始めたとき、「パシッ」という音とともに青白い閃光(チェレンコフ光)が走るのを見た。この臨界事故により、3人の作業員のうち2人が死亡、1人が重傷となり、667人が被曝した。本書は、推定20シーベルト以上の中性子線を浴びた大内久さん(当時35歳)に施された、83日間に及ぶ凄絶な治療の記録である。

大量の放射線を浴びると、染色体がずたずたになる。この本には、そうなったときに人体がどうなるか、そして、それに対してどのような治療が行われたかが淡々と記されている。あるとき、大内さんはつぶやく──「おれはモルモットじゃない」。助かる見込みのない患者に延命治療を続けることに、何の意味があるのか?医師や看護師自らがこの問題を抱えつつ、戸惑いながら懸命に治療にあたっている姿が印象的である。

この前代未聞の「バケツでウラン」事件は、当時大きなニュースになった。大内さんの死は、放射線の怖さと、その管理の難しさについての教訓を与えてくれたはずだった。しかし、いつしかその記憶は風化していった。大内さんが投げかけた無言のメッセージは、12年後の我々に届くことはなかった。(11/04/25読了)

前へ   読書日記 2011年   次へ

Copyright 2011 Yoshihito Niimura All Rights Reserved.