インドネシア語のしくみ 降幡正志 白水社 ★★★☆☆
どうやら私は、インドネシア語を見くびっていたようだ。インドネシア語は、世界第4位、2億3千万の人口を擁するインドネシアの国語である。それだけでなく、マレーシア・ブルネイ・シンガポールのマレー語も事実上インドネシア語と同じである。第二言語としての話者数と、使用地域の広さから言えば、英語・スペイン語・北京語に次ぎ、アラビア語・ロシア語と同等と言えるのではないか。インドネシア語は国連の公用語ではないが、公用語であるフランス語よりも第二言語としての話者人口はずっと多いのだ。
インドネシアは、ニューギニアに次ぐ言語多様性を誇る。583もの言語が使われており、第一言語としてのインドネシア語の話者数はそれほど多くない。しかし現在、インドネシアの都市部では、地方語ではなくインドネシア語を母語とする若者が急増している。今後、話者数は増加の一途を辿ると思われる。
インドネシア語は、オーストロネシア語族に属する。オーストロネシア語族は、言語数で言えば地球上で最大の語族であり、インド=ヨーロッパ語族をはるかに凌いでいる。(ただし、話者数でいえばインド=ヨーロッパ語族の後塵を拝している。)そして、オーストロネシア語族の中から代表を一つ選ぶとしたら、それはインドネシア語であろう。だから、インドネシア語は地球を代表する言語と言えなくもない。(なお、第一言語人口では、オーストロネシア語族の中でジャワ語が最大である。)
そのインドネシア語は、マレー(ムラユ)語をベースとして作られた人工言語であるが、唖然とするほど易しい。こんなに易しい言語から文学作品が生まれるのかと心配になるほどである。
まず、文字はアルファベットであり、特殊な文字はない。発音も易しく、グルジア語の放出音のような厄介な音はない。文字はそのままローマ字読みすればいい。(一つだけ例外があり、"e"は「エ」の発音と弱い「ウ」の発音があり、一つ一つ覚えなければならない。)
人称変化も、格変化もない。名詞の性ももちろんない。複数形は、同じ単語を繰り返せばいい(例:orang-orang 人々)。なんと、時制による変化もない。時間を表すためには、昨日、あとで、などの副詞を使えばいい。つまり、単語を並べるだけで立派な文章になるのだ。単語さえ知っていれば、カタコトでも話すことができる。世界一初心者に優しい言語かもしれない。
基本単語に接頭辞・接尾辞をくっつけると、派生語が作れる。例えば、jalan(旅行誌「じゃらん」の語源)は「道」という意味であるが、ber-をつけるとberjalan(「歩く」)となる。jalan-jalanなら「ぶらぶらする」という意味だ。jalananは旅行、kerjalananは「旅行者」だ。duri(「棘」)、ranbut(「髪」)に-an(〜だらけ)という接尾辞を付けると、durian(「ドリアン」)、ranbutan(「ランブータン」)となる。
この小著だけで、基本的な文法事項はすべて説明し尽くされている。実際、文法の説明は、『インドネシア語が驚くほど分かる本』よりも詳しい。数百の基本単語を丸暗記できれば(実際にはこれが難しいのだが)、すぐにでも喋ることができそうだ。本書(というより、このシリーズ)の欠点は、附属の8インチCDが聞けないこと、索引がないことである。本文で使われる単語はごく限られているものの、後半になると前半に出てきた単語を忘れてしまうので、辞書的なものが付いていると助かる。(12/07/17読了 13/02/10更新)