外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か 白井恭弘 岩波新書 ★★★★☆
第二言語習得論について、科学的なエビデンスを説明した本。ここで「第二言語」とは、母語(第一言語)以外のすべての言語を指す。日本語では第二言語のことを「外国語」と呼ぶが、ではアイヌ語や沖縄語は外国の言語なのかという問題があるので、これはよくない言葉である。
今にして思えば、中学校の英語の授業は悲惨なものだった。教師が黒板に、英単語と対応する日本語を書く。教師が英単語を発音し、生徒が一斉にその真似をする。次に、教科書のテープを細切れにして一文ずつ聞き、その後について一斉に発音する。しかるのちに、その英文を日本語に翻訳する。これを延々と繰り返す。こんな授業をいくら受けたって、英語を喋れるようになるはずがない。
「インプット仮説」というのがある。これは、人はインプット(聞くことと読むこと)だけで言語習得が可能だ、という仮説である。この仮説に対しては、テレビからは言語習得ができないことや、受容的バイリンガル(聞いて理解することはできるが、話すことはできない)が存在することから、アウトプット(話すことと書くこと)も必要なのだ、という反論がある。この反論に対してさらに、アウトプットそのものではなく、「アウトプットの必要性」だけがあれば良いとする仮説もある。
しかしいずれにせよ、アウトプットを行うためには脳に知識が蓄積されている必要があるから、アウトプットよりもインプットの方が重要であることは確かだ。実際、インプットがアウトプット能力に転移することが示されている。(だから、TOEICはヒアリングとリーディングのテストしかなくても、充分意味があるのだろう。)自分が受けてきた英語教育は、このインプットが圧倒的に不足していたのだ。もっとも、英語教師が英語を話すことができないのだから、いかんともしがたいのだが。
効果的な教授法というのは薬の効き目のようなもので、多数のサンプルを集めて比較して、初めて有意差が現れてくる。だから、第二言語習得論の知識は語学教師にとっては極めて重要だが、個々の学習者にとっては、効果的とされる学習法が必ずしも有効とは限らない。自分に最適の方法は、自らが試行錯誤的に発見していくしかない。
第二言語習得の成否を決める要因はなんだろうか?最も重要だと考えられているのは、次の3つである:
1. 学習開始年齢
2. 外国語学習適性
3. 動機づけ
それでは、外国語学習の適性とはなにか?本書によればそれは、
1. 音声認識能力
2. 言語分析能力
3. 記憶
である。どちらも、当然といえば当然かもしれない。
IQは認知学習言語能力と強く相関するが、日常言語能力とはあまり相関しない。そのため、IQの高い学習者にとっては文法中心方式が、そうでない学習者にとってはコミュニカティブ・アプローチ(口頭練習中心)が効果的であるという報告もある。
大部分の日本人にとって、第二言語とは英語に他ならないから、本書に出てくる例文のほとんどすべてが英語なのは致し方ない。ただその例文は、英語として面白い。次の2つの文章のうち、一方は正しく、他方は間違っているが、どちらが正しいか分かるだろうか?これに答えられれば、あなたの英語力はネイティブに近い・・・かもしれない。
a. Open me a beer.(ビールを一つあけてください)
b. Open me the door.(ドアをあけてください)
(12/08/01読了 13/02/10更新)