カメのきた道 平山廉 NHKブックス ★★★☆☆
カメにまつわる本は、ペットとしての飼育法に関する本が大部分で、生物学的な視点から書かれたものはほとんどない。本書は、化石に特化したカメの本であるが、かなり専門的である。こういう一見地味に思えるテーマの背後に、これほど豊穣な世界が潜んでいるというのは驚くべきことだ。ただ、現生の多様なカメに関する自然史のようなものがあれば、もう少し読み易い本になったと思う。
現生のカメは約280種が知られており、大きく潜頸類 Cryptodira と曲頸類 Pleurodira に分けられる。潜頸類は首を甲羅の中に引っ込めることができる、お馴染みのカメである。カメには歯がなく、代わりに鳥のような嘴をもつ。大量のカルシウムを消費する甲羅を発達させるために、歯が失われてしまったのかもしれない。
DNAのデータから、カメは、トカゲ・ヘビなどよりも鳥類やワニなどの主竜類に近いことが示されている。形態的にもこの系統関係は支持される。例えば、カメの卵は固い殻に包まれているが、この構造は鳥類やワニに似ている。カメの卵は石灰質の殻をもつために、ほぼ水中生活に適応したウミガメも、産卵のときには陸地に戻らなければならないのだ。また、カメは甲羅をもつために胴体をくねらせる動きができないが、これも主竜類と共通している。
本書によれば、最古のカメの化石はプロスコケリスであが、これは甲羅のごく一部しか見つかっていない。一方、ドイツの三畳紀後期(2億1千万年前)の地層から発見されたプロガノケリス Proganochelys は、ほぼ完全な骨格が知られており、一般にはこちらが最古のカメの化石と見なされてきた。プロガノケリスは、現在のゾウガメのような生態をもち、完全な陸生だと考えられた。また、最古のウミガメの化石は、ブラジルの白亜紀中期(1億1千万年前)の地層から発見されたサンタナケリス Santanachelys で、著者自身が1998年にNatureに報告したものである。
ところが、本書が出版された後の2008年、中国貴州省の2億2千万年前の地層から最古のカメの化石が発見され、カメの進化のシナリオは完全に書き換わってしまった(Li et al., Nature (2008) 456: 497-501)。オドントケリス Odontochelys(「歯のあるカメ」)と名づけられたそのカメは、完全な歯をもち、腹甲 plastron はもつが背甲(甲羅)carapace をもたなかった。そのため、この化石はカメの進化の中間段階に位置すると考えられた。また、地層中の堆積物から、オドントケリスは浅瀬に棲んでいたことが推定された。つまり、もしこのシナリオが正しければ、カメは陸上ではなく海中で進化したことになる。(ただし、甲羅をもつカメが陸上で進化したあと、二次的に水中生活に適応して甲羅を失った可能性も否定できない。)
かつて地球上には、至るところに巨大なリクガメがいたけれども、今やガラパゴス諸島などごく限られたところにしか棲息していない。頑丈な甲羅で身を守る戦略をとったカメも、人類と遭遇するや、食糧としてたちまちのうちに滅ぼされてしまったのである。沖縄にも、巨大なゾウガメが群れをなして暮らしていた時代があった。現在では、沖縄のカメの固有種は、沖縄本島北部や久米島にリュウキュウヤマガメが辛うじて生き残っているのみである。 (13/07/23読了 13/08/07更新)