読書日記 2013年

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新版 バナッハ-タルスキーのパラドックス 砂田利一 岩波科学ライブラリー ★★★☆☆

バナッハ=タルスキーのパラドックスとは、

「中身の詰まった1個の球を有限個の断片にばらして、それらの断片を形を変えることなく適当に組み換えると、元と同じ大きさの(中身の詰まった)球が2個できる」

というものである。これはパラドックスではなく数学的事実なので、「バナッハ=タルスキーの定理」というべきである。その内容を日常の言葉で表すそうとするととてつもなく奇妙に感じるが、証明を見ると、う〜ん・・・という感じのシロモノである。

そんなことをしたら体積が保存されないではないか、と思うかもしれない。実は、体積は保存されなくてもいいのだ。なぜなら、体積が定義されないような断片に分割するからである。大きさが有限でも、体積が定義されるとは限らないのだ。

その証明の概略は、次のようなものである。

a, a’, b, b’ からなる文字列を考える。ただし、a と a’、b と b’ が隣り合うことは許されない。
2つの文字列の積*を、文字列の連結で表すことにする。連結の結果、a と a’、b と b’ が隣り合うようになる場合は、それらの文字は打ち消し合って消えることにする。
例:abab’ * ba’bb → abab’ba’bb → abaa’bb → abbb

さて、これらの文字列全体からなる世界は、

W = W(a) + W(a’) + W(b) + W(b’) + φ

と書ける。ここで、W(x) は x から始まるすべての文字列を、φ は文字列が何もないことを表す。 一方、

W = W(a) + aW(a’) (*1)

および

W = W(b) + bW(b’) (*2)

とも書くことができる。
ここで、a や b を左から掛ける操作を、3次元空間内の回転のようなものと考えよう。すると、(*1) および (*2) の式は、元々1つだったWが回転によって2つになったことを表している!このような分割を、「パラドキシカルな分割」と呼ぶ。

実は、a, a’, b, b’ からなる文字列全体の世界と、3次元空間内の回転が作る世界は、同じ構造(群)をなす。そのため、3次元空間内の回転に対しても、パラドキシカルな分割を考えることができる。すると、回転によって作られる全ての軌跡は球面をなすので、中心からその軌跡に至るような円錐状の構造を考えれば、それらを平行移動して組み直すことにより2つの球体が得られることになるのだ。

それでは、具体的にどのような仕方で分割すれば、1個の球を2個の球に変えることができるのだろうか?
実は、そのような分割が確かに存在することは証明できるのに、その分割の仕方を具体的に示すことはできないのである。それはなぜかというと、3次元空間内の回転を球面の軌跡に対応させる際に、「選択公理」(axiom of choice) を用いるからだ。
選択公理というのは、「無限個の集合から1個ずつ要素を取り出してきて別の集合を作ることができる」ということである。各集合からどのように要素を取り出してくるのか、その取り出し方を示さなくても、とにかく取ってくることができると仮定するわけである。

選択公理は、次のような奇妙な証明と少し似ている。

命題ab が有理数となるような無理数 a, b が存在する
証明
√2√2 という数を考える。この数は有理数か無理数のどちらかである。
(1) √2√2 が有理数なら、a = √2, b = √2 がその答えである。(√2が無理数であることは、初等的な方法で証明できる)
(2) √2√2 が無理数なら、a = √2√2, b = √2 がその答えである。(∵(√2√2)√2 = √22 = 2)

この証明は、√2√2 が有理数か無理数かは分からなくても構わないというところがミソである。つまり、ab が有理数であるような具体的な a, b を示さなくても、その存在を証明することができるのだ。(実際には、√2√2は無理数であることが分かっている。)

本書は、数学の世界にはこのような奇妙な定理が存在しうることを教えてくれた点で、有益だった。しかし、日常の言葉で説明がなされているのは証明への入り口のはるか手前までで、肝心の証明はコテコテの数学言語で記述されてしまっている。「群作用」の定義などという、およそ具体的イメージに乏しい抽象論から説き起こしており、それ以降を読み進めるのに倦厭の情を起こさしめるものがある。巻末に厳密な証明を載せるのは良いが、せっかくこの定理だけを丸ごと1冊の本で扱っているのだから、なんとかその証明を噛み砕いて解説して欲しかった。Wikipediaの解説の方が分かりやすかった。(13/11/21読了 13/12/05更新)

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