言語学の教室 西村義樹×野矢茂樹 中公新書 ★★★★☆
「認知言語学」というと、色彩語彙が違うと世界の見え方がどう変わるか、というような話だと思っていた。本書を読んで、この学問の全体像がおぼろげながら見えた。対談をまとめたものなので全く体系的ではないが、確かに読み易く、そして非常に面白い。「言われてみれば確かにそうなのだが、今まで考えてみたこともなかった」というような、目からウロコな例が沢山出てくる。母語である日本語のことはよく知っているから、素人であっても、なにか新しいことが言えそうな気にさせてくれる。
1987年に、ジョージ・レイコフ George Lakoff による"Women, Fire, and Dangerous Things"とロナルド・ラネカー Ronald Langacker による"Foundations of Cognitive Grammar"が出版された。これをもって認知言語学の誕生とみなすから、認知言語学はかなり新しい学問である。チョムスキーによる生成文法のアンチ・テーゼとして提唱されたものである。バーリンとケイが様々な言語の色彩語彙を調べて、「焦点色」(例えば「赤」のプロトタイプ)について論じたのは1969年だから、それは認知言語学の範疇には入らないことになる。
カテゴリー化とプロトタイプの話は面白い。「鳥」といっても、スズメやツバメのように、いかにも鳥らしい「典型的な」鳥もいるし、ダチョウやペンギンにようにあまり鳥らしくない「周辺的な」鳥もいる。「偶数」のように、古典的なカテゴリー観で数学的に明確に定義されるであろう語でさえ、2や4のほうが例えば36496よりも典型的な偶数である、という議論もある。(私はこの考え方に賛成である。)子供は、言語習得の過程で、プロトタイプから学んでいく。
「使役」というと、学校で習う国文法では、「太郎は花子に本を読ませた」のように「せる・させる」がつく構文のことを指す。しかし、言語学的には、「太郎は窓を開けた」のような文も使役構文である。(むしろ、こちらが使役構文のプロトタイプである。)「使役」は英語では"causation"なので、英語のほうが分かりやすい。
「せる・させる」型の使役を「迂言的」(periphrastic)使役構文と呼び、そうでないものを語彙的使役構文を呼ぶ。後者の場合は、「開く」-「開ける」のように、他動詞と自動詞がペア(自他対応)を形成している。ちなみに、英語の場合はどちらも"open"である。日本語でも、「開(ひら)く」だと自他が同じ形になる。「死ぬ」-「殺す」のように、語の形が全く異なるような自他対応もあり、これは多くの言語でそうなっている。使役は韓国語を学ぶ上でも鬼門であり、이히리기우구추のどれを使うか、一つ一つ覚えなければならない。
「赤ずきん」という言葉で赤い頭巾をかぶっている女の子を指す、というような例をメトニミー metonymy(換喩)という。面白いことに、「部屋が散らかる」「トイレを流す」「川が流れる」、こういうのも全てメトニミーなのだ。言われてみれば確かに、トイレや川が本当に流れていったら大変なことになる!
ブックガイドが付いているのも良心的である。まずは東大出版会の『認知言語学』を読んでみよう。(14/02/08読了 14/10/13更新)