ヒッグス粒子の謎 浅井祥仁 祥伝社新書 ★★★☆☆
大栗先生の重厚な本(『強い力と弱い力』)を読んだ後では、物足りなく感じてしまった。素粒子論という学問は、一つ一つの概念が理解しにくい上に、最低限のバックグラウンドについて説明するためだけでも相当な紙面を要する。この程度の厚さの本に最新の話題まで詰め込むためには、どうしても通り一遍の解説にならざるを得ないのだろう。しかし、インフレーションがビッグバンの前、というのは知らなかった。
著者は、LHC (large hadron collider) を用いたATLAS実験に携わった実験家である。LHCは1周27kmの巨大な円形の加速器で、アトラス検出器は7000トンもあり、エッフェル塔と同じくらいの重さがある。陽子は、いきなりLHCに投入されるわけではなく、少しずつ大きい加速器に切り替えながら、マニュアル車のように5段階で加速される。4番目に使われるのが、1983年にカルロ・ルビアらがW粒子やZ粒子を発見した加速器であるというのが面白い。LHCで最高速度にまで加速された陽子は、7TeVものエネルギーもつ。このエネルギーは、たった1個の陽子のものなのに、1匹のショウジョウバエが飛んでいるエネルギーに匹敵するという。ヒッグス粒子の発見に対してCERNはノーベル賞を受賞できなかったが、ルビアは、加速器を開発したシモン・ファンデルメールと共に、発見の翌年の1984年にノーベル物理学賞に輝いている。
LHCは2008年に、3800億円もの費用をかけて建設された。ランニングコストも考えれば、3000億円かかったヒトゲノム計画をはるかに凌ぐ巨大科学である。その建設には多くの日本企業の貢献があった。かつて、アメリカのアリゾナ州に、LHCよりももっと大規模な加速器を建設する計画があった。SSC (Superconducting Super Collider) と呼ばれたその加速器は1周86kmもあったが、資金不足のため、4分の1ほど建設したところで頓挫してしまった。それによって、素粒子物理学の進展は大幅に遅れることになった。しかし結果的に、国際協力によってヒッグス粒子が発見されることになったのだから、却って良かったのかもしれない。いつかCERNに見学に行きたいものだ。(14/04/18読了 14/10/13更新)