読書日記 2015年

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科学者は戦争で何をしたか 益川敏英 集英社新書 ★★★☆☆

小林=益川理論でCP対称性の破れについて説明し、クオークが3世代あることを予言して2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川先生は、「九条科学者の会」の発起人の一人であり、最近では「安全保障関連法に反対する学者の会」の立ち上げも行っている。益川先生は、5歳の時に名古屋で空襲に遭った。自宅に焼夷弾が落ちてきたが、九死に一生を得たという。ノーベル賞受賞講演では、不謹慎だと批判されながらも、そのときの体験について話している。

ちなみに、益川先生のノーベル賞受賞講演はこちらで聴くことができる。"I am sorry, I cannot speak English."と述べた後、日本語の原稿を棒読みする(しかも、噛みまくり)という前代未聞の講演である。しかし、この講演を聴く限りでは、焼夷弾のエピソードは含まれていないようなのだが・・・。

戦争体験をもつ人は年々減り、益川先生のようなことを大真面目に言ってくれる大人が少なくなってきた。戦争の恐ろしさを実感として知らない世代が日本の舵取りをしている現状は、本当に危ういと思う。
そう思って本書を読んでみたのだが・・・、チョムスキーなんかが舌鋒鋭く政府の批判を行っているのと比べると、物足りなく感じてしまった。

益川先生はベトナム戦争の時から反戦運動に関わっているのだが、理想主義的な平和運動家ではない。現役時代は、午前中に集中して研究し、午後は労働組合の活動にあてるという日々を送っていたという。現在ではとてもそんなことは許されないだろうが、それにしても、崇高な理論物理学と醜悪な政治の世界が両立しうるとは驚きである。人類の知の結晶である理論物理学は、人類の醜悪さを具現したような政治の世界からは最も遠いところにあると思っていた。個人的には、組合活動なぞ、一番関わりたくない世界だと思ってしまうのだが。

益川先生の師である坂田昌一は、ノーベル賞こそ取れなかったものの、「坂田模型」の提唱などで、湯川秀樹・朝永振一郎とともに日本の素粒子物理学界を牽引した。岩波新書には、この3人の共著である『平和時代を創造するために―科学者は訴える』(1963年)、『核時代を超える―平和の創造をめざして』(1968年) という本がある。こんな時代だからこそ、半世紀前に書かれたこの本をぜひとも復刊して欲しいものだ。(15/11/26読了 15/12/16更新)

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