物語 ビルマの歴史 根本敬 中公新書 ★★★★☆
中公新書の「物語・〜の歴史」シリーズは、旅先についての予備知識を仕込むのに最適である。特に東南アジア地域が充実しているのが良い。
著者は「あとがき」で、このような「一国史」は、歴史の叙述方法としては保守的で古臭いものとして卑下している。でも、東南アジアは学校教育においてもとりわけ軽視されているエリアであり、実際のところ大いに需要はあるのだ。
本書は450頁を超え、新書としてはかなりのボリュームがある。それなのに、王朝時代のビルマについてはほとんど触れられておらず、イギリスによる侵略以降の、ネガティブな歴史の記述が大部分を占める。
パガンに行って、苔生した数多の仏塔の林立するさまを眺めてみれば、エーヤーワディー河とともに滔々と流れるビルマ悠久の歴史に思いを馳せることができるだろう。そのロマンの部分、「幸福のビルマ」についての記述がもっと欲しかったところだ。
なお本書では、「ミャンマー」ではなく「ビルマ」という呼称を用いている。その理由は、本書の最初に書かれている。
本書を通読すると、ビルマの歴史がとても不幸なものに思える。
英領インド帝国の隣に位置していたばかりに、第一次英緬戦争(1824~1826)、第二次英緬戦争(1852)を経て、ビルマ王国は上ビルマだけからなる内陸国へと転落してしまう。王朝は弱体化の一途を辿り、1885年、イギリス軍の攻撃により滅亡する。イギリスの植民地下においても、ビルマはインド帝国ビルマ州であり、インド本土への食糧と燃料の補給基地という位置づけであった。
ビルマ・ナショナリズムの擡頭とともに、1937年、ようやくビルマはインド帝国から切り離されて「英領ビルマ」となった。しかし、そのわずか5年後に、今度は日本軍が侵略してくるのである。日本占領下のビルマにおいても、泰緬鉄道の建設工事への強制労働をはじめとして、甚大な被害を被った。
大戦後は、アウンサンを中心として、独立に向けてイギリスとの具体的な交渉が行われた。しかし、ここでまた悲劇が起きる。アウンサン率いるパサバラが総選挙で圧勝し、憲法制定に向けた審議が行われていた最中の1947年7月19日、アウンサンは暗殺されてしまうのだ。
1948年1月4日、アウンサンの跡を継いだウー・ヌを首相として、ビルマはイギリスから独立。しかし、1962年にビルマ国軍によるクーデターが勃発する。不安定なウー・ヌ政権に代わり、国軍による統治、「ビルマ式社会主義」の時代が始まる。
1988年、ビルマ式社会主義に対する不満が爆発し、ビルマ全土で民主化運動が起きる。国軍はそれを武力で封じ込めると、軍事政権の樹立を宣言。国軍による二度目のクーデターである。以来、軍事政権は23年間も続き、その間、アウンサンスーチーは三度、合計15年間にわたり自宅軟禁されることになる。
2011年、ようやくビルマは民政移管し、軍事政権の幕が下ろされた。そして、移管後初の総選挙において、アウンサンスーチー率いるNLD(国民民主連盟)が圧勝したのが、つい昨年(2015年)11月のことだ。
ビルマはこれから、どこに向かうのだろうか?開かれたビルマは「アジア最後のフロンティア」などと言われ、新興市場として熱い期待を寄せられている。でも個人的には、いつまでも素朴なビルマであり続けて欲しいと願うのだが。(16/01/01読了 16/01/26更新)