群論への30講 志賀浩二 朝倉書店 ★★★★★
5次方程式には解の公式が存在しない。もう少し正確に言うと、5次以上の方程式の解は、加減乗除と冪根だけでは書き表すことができない。よく知られたこの事実は、弱冠20歳にして決闘で命を落とした天才・ガロアのロマンチックな物語と相俟って、数学啓蒙書のお気に入りの話題の一つである。
でも、5次方程式には解が5つあるに決まっているのに、それが書き表せないとは一体どういうことなのか?
それに説明を与えるのが、ガロア理論である。このくらいのことは、教養として理解しておきたい。それで、かつて購入して手を付けずにいた、原田耕一郎著『群の発見』を読み始めた。
『群の発見』は大変に格調高いが、肝心の群論の説明が高度すぎて、初学者が読み通すには厳しいものがある。そこで本書の出番である。
群論といえば、大学1年生の時に、岩波全書の『群論』(長尾汎・浅野啓三著)をウンウン唸りながら読んだものだった。でも、あまりにも抽象的なのと、なんのためにそんなことを考えるのかがよく分からず、挫折してしまった。
本シリーズは、私が学生のときからある古典だから、最初からこの本を読んでおけば良かったと思う。でも、今だからこそ楽しめるということもあるかもしれない。
数学の教科書を、数式や証明をフォローしながら通読するのは容易ではない。本書は、とにかく1講が短いのがよい。着実に前進している感覚がある。そして、「30講」という分量が絶妙で、読者を最後まで引っ張り上げてくれる。
本書はガロア理論を意識して書かれたものではないが、本書の個人的なハイライトは
4次の対称群S4に対し
H = {1, (1 2)(3 4), (1 3)(2 4), (1 4)(2 3)}
K = {1, (1 2)(3 4)}
とおくと(HはKleinの4元群と同型)、
S4 ⊃ A4 ⊃ H ⊃ K ⊃ {e}
は組成列となり、
S4/A4, A4/H, H/K, K
はそれぞれ位数2, 3, 2, 2の単純群となる
という部分である。
それに対し、n ≧ 5 のとき、交代群Anは単純群になる。(ただし、その証明は本書には載っていない。)
この事実こそが、5次方程式が解けないことの理由なのだ。つまり、4次の対称群は、非常に対称性の高い特殊な構造をしているわけだ。
このように、ある有限群に対して、そこに含まれる「極大な」正規部分群をとる、という操作を繰り返していくと、最後に単純群({e}と自分自身しか正規部分群をもたない群)に突き当たる。単純群は、有限群を形づくる石材のようなものである。
単純群の分類は現代数学の大きなテーマであり、それが完了したのは、本書の出版後の2004年のことである。それらをまとめれば、
(1) 素数位数の巡回群
(2) 5次以上の交代群
(3) 有限体上の線形群から得られるLie型の単純群
(4) 26個の散在型単純群 (sporadic groups)
となる。
散在型単純群のうち、位数が最小のものは位数7920のマシュー(Mathieu)群であり、最大のものは、位数
808017424794512875886459904961710757005754368000000000
(54ケタ!)の、196883次元に住むモンスターである。
本書ではさらに、終盤の5課で位相群やコンパクト群についても触れ、代数的な群を位相空間へと結びつける試みを行っている。しかしここの部分は分かりにくかった。『位相への30講』を読む必要があろう。
いずれにせよ、本シリーズの他の本も読んでみたいと思った。
さて、ガロア理論の頂を踏むためには、群論に加えて、ガロア拡大とガロア対応について理解する必要がある。まだ道は半ばなのだ。
(17/03/20読了 17/03/21更新)