暗号の数理<改訂新版> 一松信 講談社ブルーバックス ★★★★☆
コンパクトでありながら内容はハイレベル、これぞブルーバックスの真骨頂である。
暗号学の世界では定番の、エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』やコナン・ドイルの『踊る人形』から始まって、ナチス・ドイツのエニグマ暗号、そして公開鍵暗号はもちろんのこと、量子暗号まで触れられている。そもそも、public key cryptographを「公開鍵暗号」と訳したのは、著者なのだ。
そして、永美ハルオ氏のイラストが実に良い味を出している。昔のブルーバックスはみんなこれだった。
『黄金虫』や『踊る人形』に出てくる単文字換字暗号は、文字の頻度解析によって容易に解読できる。英語のテキストに現れる文字は、多い方から "ETAOIN SHRDLU" である。これでアナグラムを作ると "SOUTH IRELAND" になる、などの蘊蓄も満載。
ただ、第5章のRSA暗号については、本書の説明で完結しているとは言い難く、これだけを読んで理解することは困難であろう。縦書きの文章の中に数式が埋め込まれていて、非常に読みにくい。
RSA暗号については、『はじめての数論』の説明が大変素晴らしい。これを理解するために、それほどの予備知識は必要ない。必要なのは、ユークリッドの互除法と、フェルマーの小定理の発展版であるオイラーの公式だけである。
オイラーの公式 a と m が互いに素なとき、
が成り立つ。ただし φ(m) は 1 と m の間で m と素な整数の個数
詰め込み問題(ナップザック問題)を利用した公開鍵暗号の可能性や、平方篩による素因数分解の話は他書にはなく、面白い。
P≠NP問題、楕円曲線暗号、量子暗号についても軽く触れられているが、これらについては他書を参照する必要があろう。
著者は1926年の生まれである。第二次大戦末期に大学の数学科だった著者は、学徒動員により暗号研究に従事したという稀有な経歴をもつ。これは著者にしか書けない話題であり、この裏話を改訂の際に削除してしまったとしたら残念だ。(17/09/24読了 17/10/01更新)