12万円で世界を歩く 下川裕治 朝日文庫 ★★★☆☆
12万円でどこまで行って帰ってこられるか・・・という週刊誌の企画。
テレビのバラエティー番組にありそうな話だが、この企画が行われたのは、バブル全盛期の1988~89年である。猿岩石が流行るよりもずっと前のことだから、むしろこっちが本家である。
実は当時は、飛行機のチケット代が今よりもずっと高かった。
12万円でニューヨークに行こうと思ったら、まずロサンゼルスまで飛び、そこから3日間、グレイハウンドの小便臭いバスに揺られ続けなければならなかった。今なら、ニューヨーク往復のチケットは6万円ほどで買えるから、もはや企画として成立しないだろう。
とはいえ、上海〜アテネの1万5千キロが、陸路で4週間かかってわずか4万円(食事・宿泊費込み)というのは確かに安い。航空券代を除けば、どの国の物価も
今よりだいぶ安かったのかもしれない。
当時のバブリーな日本人は、海外でブランド品を買い漁った。日本といえば、金持ちの国というイメージだった。だからこそ、こういう貧乏旅行企画がウケたのだろう。
今や隔世の感がある。いつの間にか、日本は貧困国へと転落し、その代わり海外にはずっと行きやすくなった。
本書にはもはや、実用性はない。しかし、歴史的価値がある。
当時はまだ、ベルリンの真ん中に壁が立ちはだかっていたし、ソビエト連邦も健在だった。
香港もマカオも中国から独立していて、中国は圧倒的に貧しく、ウイグルは自由だった。
カンボジアにはポル・ポト派のゲリラが跋扈し、ビルマでは軍事政権による支配が始まった(この軍事政権が、国号をビルマからミャンマーに変えた)。
本書は、還暦を過ぎてなお旺盛に旅の本を出版し続ける、著者の旅の原点となるものだ。
痔の痛みに耐えながら、ただひたすら、何十時間も硬座の列車やポンコツバスに揺られ続けるという、まさに苦行のような旅。そこには、ハラハラドキドキするような冒険も、感動的な出会いもない。
でも、旅の本質は、案外そういうところにあるのかもしれない・・・と思ったりもする。(17/11/21読了 17/11/23更新)