残像に口紅を 筒井康隆 中公文庫 ★★★★☆
筒井康隆は、小説という形式そのものに挑戦するようなメタ的な小説を数多く残している。
本書は、1章ごとに、世界から文字(とそれを含む言葉)が一つずつ消えていくというシュールな作品。後年の「言葉狩り」を予見しているようにも思える。
「あ」が真っ先に消える。つまり、この作品には「あ」のつく言葉は一つも現れない。そんなことが可能なのか、と思うが、可能なのである。
序盤3分の1くらいまでは、いくつか文字が消えているにもかかわらず、読んでいてほとんど違和感を感じない。
また、読者を飽きさせないように、ストーリーが展開していくような仕掛けが凝らしてある。「残像に口紅を」というタイトルも秀逸である。
一体最後はどうなるのだろう・・・と思ってハラハラしながら読み進めるが、終盤になってほとんどの文字が消え去っても、なお情景が活き活きと伝わってくる。その豊富な語彙力には圧倒される。
筒井康隆は天才だと思う。しかもこれを、コンピュータの助けなしに人力でやったというから驚きだ。
本作品はまた、計量言語学の興味深いテキストになっている。
付録として解析結果が載っているのも面白い。それによれば、(本作品の集計方法で)最も出現頻度が高いのは「い」であり、真っ先に消える「あ」は意外にも出現頻度が低い。筒井康隆が、入念に準備をして消す順序を決めていったことがわかる。(18/08/28読了 18/12/09更新)