サンダカン八番娼館 山崎朋子 文春文庫 ★★★★☆
「からゆきさん」。その言葉くらいは聞いたことがあったが、その実体がこんなものだったとは・・・。
著者は、天草の某村で、「おサキさん」という老からゆきさんの家に住み込んで話を聞く。
その家は、腐った畳の上にムカデが這い回り、トイレすらもないあばら屋で、食事は毎食、麦飯と屑じゃが芋を味噌で煮たものだけだった。
これが1968年のことだから、そんなに大昔の話でもないのだ。
9歳で女衒(ぜげん)に売られて訳も分からずボルネオに連れられて行き、知らぬ間に借金ばかりがかさんで、13歳から来る日も来る日も客を取らされる・・・。なんという人生だろうか。
せめてもの救いは、そんなおサキさんが、泥沼から咲き出た蓮の花のような高邁な人間精神の持ち主であったことだ。
からゆきさんのほとんどは、天草・島原の出身だった。
「島原・天草の乱」というのがあったけれど、この地方の農民たちは昔から極貧に喘いでいた。幼少時のおサキさんも、食べるものにすら事欠き、水ばかり飲んで過ごしていたという。
また、この地方が歴史的に外国に対して開かれていたということもあるだろう。
おサキさんは、欺されて女衒に売り飛ばされたのではない。その実体を知らなかったとはいえ、友達と相談して、自ら志願して行ったのだ。そこに、その時代、その場所に生まれたことのむごさを思わずにはいられない。
当時の天草の住民にとって、からゆきさんは消し去りたい歴史の恥部であった。
からゆきさんたちは読み書きができなかった。この本が世に出なければ、彼女たちの生涯がどのようなものだったかは、永遠に歴史の闇へと葬り去られることになっていたかもしれない。(20/10/31読了 21/01/22更新)