触れることの科学 ★★★★★ デイヴィッド・J・リンデン 河出文庫
五感の中で、触覚に関する本は一番少ないだろう。でも、本書を読めば、触覚について現在わかっていることは一通り理解できる…といっても過言ではない。
詳細な注釈と、膨大な引用文献が付されている。著者は神経科学者。読者を飽きさせないための豊富なエピソードも満載しつつ、ややこしい神経科学の教科書的説明も、レベルを落とさずに丁寧に説明してある。
本書を読もうとした第一の目的は、温度受容体について調べるためだった。第5章「ホットなチリ、クールなミント」に目を通したしただけでも、著者がこの本を書くためにいかに多くの文献を読み込んだかがわかる。
触覚は五感の中で、一番とらえどころのない感覚かもしれない。 まず感覚器がはっきりしないし、「触覚」と一言で言っても、種類の違うさまざまな感覚がごちゃまぜになっている。
皮膚には、さまざまな触覚センサーがある。 機械的刺激を受け取る受容器が4種類(マイスナー小体、メルケル盤、パチニ小体、ルフィニ終末)あり、それぞれ異なるタイプの刺激(信号が持続するか短いか、真皮の浅いところにあるか深部にあるか)を受容する。それに加えて、裸の自由神経末端というのがある。これは、温度や痛み、ある種の化学物質のセンサーだ。 皮膚の触覚センサーが受け取った情報は、長い1本の神経線維の軸索によって脊髄に伝達される。 神経線維には、太い軸索をもつA繊維と、細い軸索をもつC繊維がある。A繊維はミエリン鞘に覆われているため、信号伝達速度が速い。 A繊維は機能によってさらに分類される。 Aα繊維は、筋肉・関節・腱に埋め込まれた特殊なセンサーからの情報を伝え、自分の身体の各部が空間のどこにあるかという心像(「固有感覚」)を形成する。Aα繊維は情報伝達速度が最も速く、時速400キロ(秒速110メートル)にも及ぶ。 Aβ繊維は、4種類の機械受容器からの信号を時速240キロ(秒速70メートル)で伝える。 Aδ繊維は痛覚(および、痛みとして感じるような高温と低温の感覚)を時速110キロ(秒速30メートル)で伝える。 一方、C繊維の情報伝達速度はそれよりもずっと遅く、時速3.2キロ(秒速90センチ)である。C繊維も痛みや温度の情報を伝える。 つま先をなにかにぶつけたとき、瞬時に鋭い痛みを感じる。これはAδ繊維を伝わる信号によるものだ。その後、C繊維を介して、場所のはっきりしない、ズキズキとした第2痛が遅れてやってくる。 C繊維の中には、優しく撫でたときにだけ反応する「愛撫のセンサー」もある。そしておそらく、性的接触に特化したセンサーもある。興味深いことに、C繊維でゆっくり伝わる情報は、脳の触感回路のうち、感情・認知的な領域を活性化する。
痒みは独立した感覚だろうか? 「痒みは痛みの弱いもの」という説明をどこかで聞いたことがあるが、どうやらそれは正しくない。痒みをどんなに強くしても痛みには感じられないし、痛みをいくら弱くしても痛みのままである。また、内臓が痛むことはあっても、内臓が痒いということはない。
一度通読しただけでは到底消化しきれないほどの膨大な情報量だが、引用文献も参照つつ何度か読み返してみると、本書がいかに細部まで丹念に書き込まれているかがわかる。翻訳も正確。非常に勉強になった。(23/05/28読了 23/06/04更新)