物語 遺伝学の歴史 ★★★★☆ 平野博之 中公新書
とてもオーソドックスな遺伝学の通史。いささか教科書的ではあるが、非常に勉強になった。講義のネタには最適である。
メンデル本はあらかた読み尽くしたし、DNA二重らせん構造発見の物語はあまりにも有名だが、本書が素晴らしいのは、その間の物語――特にモーガン、マクリントック、ビードル――について詳しく説明してところだ。
例えば、ビードル(とテータム)の「一遺伝子一酵素説」はどんな教科書にも載っている。だが、その研究がなぜ画期的といえるのかを理解するためには、科学史的な背景を知っておく必要がある。そしてその意義とは、「メンデルやモーガンにとっての遺伝子は、子孫への伝達のしくみを調べるためのマーカー(指標)だったが、ビートルの研究によって、遺伝子は細胞内で特定の作用をする機能的存在へと変身した」ということだ。
遺伝学の歴史は、1960年代後半までは一直線だった。1966年、ニーレンバーグらによる遺伝暗号の解読完了をもって、古典的分子遺伝学の完成とみなす。
これにて生物学の主要な課題は解き明かされたかに見えたが、実際には、1970年代以降、生命科学が爆発的な進歩を遂げることになるのは周知の通りだ。
それ以降の歴史は本書ではごく簡単にしか触れられていないが、あまりにも膨大すぎて、その全貌を知る者はこの世に存在しないかもしれない。(23/06/07読了 23/06/10更新)