英語の歴史 ★★★★☆ 寺澤盾 中公新書
スペイン語あたりを勉強してみると、英語がいかに醜悪な言語であるかに気づかされる。こんな奇っ怪な言語をリンガ・フランカとして、世界中の人たちがヒィヒィ言いながら学ばさせられているのは、人類にとって悲劇としか言いようがない。
英語に大量のラテン系の語彙があることは周知の事実だが、その多くはラテン語そのものではなく、フランス語からの借用語だとは知らなかった。
1066年のノルマン・コンクエストにより、ノルマンディー公が英国王ウィリアム1世として即位した。それ以降約200年間、英国の支配階級の言語はフランス語だった。そのときに、大量のフランス語が流入したのである。
例えば、
face, parent, uncle, aunt, cousin, animal, beef, pork, cherry, grape, peach, money, war, army, religion
などの基本的な語彙は、すべてこの時代にフランス語から流入したものである。
つまり、現代英語はフランス語に半分乗っ取られたようなもので、クレオール(混成言語)とみなすべきなのかもしれない。
また、同じゲルマン系で、北欧のデーン人(ヴァイキング)から流入した語彙も、英語の基層をなしている(call, die, smile, take, want, husband, knife, leg, skin, sky, window, weak, wrong など)。
これらは、ノルマン・コンクエスト以前の8~11世紀半ばに英語に入り込んだものだ。
北欧語の影響は代名詞や接続詞にも及ぶ。3人称複数の they, their, them は古ノルド語からの借用である。
さらに、ルネサンス以降の近代英語期に、ラテン語から夥しい数の語彙が直接流入している。ギリシャ語からの借用語も多い。
このようにして英語は、無節操に諸言語から語彙を借用してきた。だから英語は、つづりも発音も文法も、なにもかもが規則性に乏しいのである。
その結果、ノルマン・コンクエスト以前の古英語にあった動詞の語尾変化も消失してしまい、もはや語形から品詞を判断することができなくなった。これが、英語では語形を変えずに自由に品詞を転換できる(「ゼロ派生」)ことの理由である。
簡潔にして要を得た説明で、とても勉強になった。
「了解」の意味の「ラジャー」は、Roger という人名が received の頭文字と同じというだけの理由による。管制英語(Airspeak)の一種 deer はドイツ語の Tier(動物)に対応し、本来は動物一般を指す。tide はドイツ語の Ziet(時間)に対応し、本来は「時」の意味 jungle(ジャングル)はヒンディー語からの借用語 米国版『ハリー・ポッター』は、political correctness に配慮するあまり、オリジナルの英国版にはない一節が加えられている ugly, fat, short などの「差別用語」は、aesthetically challenged, horizontally challenged, vertically challenged と言い換えるのが正しい(いわゆる「言葉狩り」に対する揶揄)
など、楽しいウンチクも満載。(23/10/09読了 23/12/06更新)