読書日記 2020年

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宇宙と宇宙をつなぐ数学 加藤文元 角川書店 ★★☆☆☆

本邦初、いや、世界初の(ABC予想の証明を与えるという)「宇宙際タイヒミュラー理論」(IUT理論)の一般向け啓蒙書ということで大いに期待したが・・・こういうのじゃないんだよなぁ。
この本を手に取る人は、ABC予想の証明に興味があるのだから、ある程度の数学的な素養はあるだろう。それなのになぜ、想定される読者の知的レベルをここまで下げる必要があるのだろうか?
数学の説明がタル過ぎるのだ。ABC予想を説明するために、24の素因数分解についてクドクドと説明する必要があるのか。いつになったらIUTの説明が始まるのかと思ってジリジリしながら読み進めると、もうすぐ紙面も尽きようかという頃になって、群論の初歩の初歩の説明がタラタラと始まる。(ついでに言えば、縦書きの文章中に横書きの数式が混じるのは非常に読みにくい。)
数学、あるいは数論一般についての話題がほとんどで、肝心のIUT理論の説明が希薄すぎる。でも、例えばフェルマー=ワイルズの定理についてなら、他に良書がいくらでもある。今さらこの本を読んだところで、得るものはない。

さて、IUT理論とは一体何なのだろうか。望月新一教授本人の言によれば、それは

足し算と掛け算という「二つの自由度=次元」を引き離して解体し、解体する前の足し算と掛け算の複雑な絡まり合い方の主立った定性的な性質を、一種の数学的な顕微鏡のように、「脳の肉眼」でも直感的に捉えやすくなるように組み立て直す(=再構成する=「復元」する)数学的な装置のようなもの

だそうだ。
「脳の肉眼」とは完全にブッ飛んでいるが、「別の宇宙」に持って行って足し算と掛け算を解体しようとする、ということはわかった。
なるほど、ABC予想だけでなく、ゴールドバッハ予想も、双子素数予想も、その難しさは「自然数の並び方」という足し算的性質と、「素因数」という掛け算的性質が入り混じっていることに起因するわけだ。
では、その絡み合いをどうやって解消するのか?
そこのところをもう一歩踏み込んで解説しなければ、一冊の本として出版する意味はないだろう。それは難しいだろうが、啓蒙書はそのためにあるのだから。
その絡み合いの解消によって、ABC予想がいかにして証明されるのかもわからない。それが可能ならば、ゴールドバッハ予想も双子素数予想も同じ理論の枠組みで解決できるのだろうか?

「宇宙際」とは奇っ怪な言葉だが、inter-universalの和訳らしい。internationalが「国際」だから、inter-universalは「宇宙際」というわけだ。
しかし、「際」は「きわ」であって、inter-(「間」「相互」)の意味はない。あまりセンスの良い言葉には思えない。

そもそも、ABC予想は証明されたのだろうか?
私は懐疑的である。
IUT理論が数学の言葉で書かれている以上、プロの数学者さえ理解できないということはありえない。1時間のセミナーが不充分と言うのなら、連続講義を行えば済む話だ。他の数学者を納得させられないということは、まだ解決していないということだろう。

2020年4月、8年がかりで査読が完了したことで話題になった、IUT理論の原著論文はこちら:

Inter-universal Teichmuller Theory I: Construction of Hodge Theaters. (PDF)
Inter-universal Teichmuller Theory II: Hodge-Arakelov-theoretic Evaluation. (PDF)
Inter-universal Teichmuller Theory III: Canonical Splittings of the Log-theta-lattice. (PDF)
Inter-universal Teichmuller Theory IV: Log-volume Computations and Set-theoretic Foundations. (PDF)

(20/08/25読了 20/08/31更新)

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