読書日記 2010年

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アイヌ語入門 知里真志保 北海道出版企画センター ★★★★☆

知里真志保(1909-1961)は、自身がアイヌであり、金田一京助に師事した反骨のアイヌ学者である。本書の出版は1956年である。アイヌは江戸時代以来迫害され続けてきたが、それでも半世紀前は、アイヌ語で日常生活を営む古老もまだたくさんいたようである。
本書では、ジョン・バチラーや永田方正といった先人たちを完膚無きまでに酷評している。今、アイヌ語の微妙なニュアンスを解し、実在しないアイヌ語を指摘できる人は地球上には存在しないので、本書は実に貴重な記録である。

アイヌの川に対する考え方は興味深い。和人は、川は山から発して海に入るものと考える。ところがアイヌは、川は海から陸に上がって、村のそばを通り山の奥へ入り込んでいく生物と考えるのである。従って、河口は、サケやマスが海から来て川の体内に入り込んでいく口である。また、川は女性であって、河口はo(陰部)ともいう。川は生き物であるから、生殖行為も営む。二つの川が合流しているのをo-ú-kot-nay「陰部を・お互い・につけている・川」といったりする。

本書は、「とくに地名研究者のために」という副題が付いているが、アイヌ語文法についての解説もある。アクセントは重要である。我々は、「アイヌコタン」とか「カムイヌプリ」とか日本語のアクセントで発音してしまうが、アイヌ語のアクセントはáy-nu-ko-tan、ka-múy-nu-pu-riである。

人称変化はややこしい。一人称複数は、相手を含む場合と含まない場合とを区別する。ちなみに『CDエクスプレス アイヌ語』(中川裕・中本ムツ子、白水社)では、前者を「四人称」と呼んでいる。(主語、あるいは目的語が)単数か複数かによって、異なる動詞を用いる場合がある。

名詞の人称変化は、例えば「私の村」ならku-kotaniであり、一人称単数の接頭辞(ku-)と-iという接尾辞が必要である。接尾辞の付け方は不規則であり、その都度覚えなければならない。また、例えば「美しい顔の女」はnanu pirka menoko「それの顔(三人称単数)・美しい・女」という言い方をする。(10/01/29読了)

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