読書日記 2010年

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あなたはなぜあの人の「におい」に魅かれるのか レイチェル・ハーツ 原書房 ★★☆☆☆

著者は、スカンクの匂いが好きだという匂いフェチである。知覚心理学といえば視覚の研究が大部分であるが、本書は嗅覚の心理学について縦横無尽に語った興味深い本である。ただ、後述するように、嗅覚や味覚は文化に強く依存するので、日本人から見るとピンと来ない話題も多い。

嗅覚は、五感の中では重要度は最下位にランクされ、嗅覚を喪失しても、足の親指を失うのと同程度にしか困らないと思われている。しかし、交通事故で嗅覚を完全に失ってしまった人は人生が味気なく感じられ、深刻な鬱病に苦しんだり、それによって自殺したりすることもある。それは、嗅覚が情動と分かちがたく結びついているからである。また、匂いが忘却の彼方にあった記憶を突然呼び覚ますという、「プルースト効果」はよく知られている。

匂いの分類は難しく、明確な座標軸は快ー不快(好きか嫌いか)しかない。ところが、匂いに対する嗜好は、文化あるいは個人による多様性が極めて大きい。
著者は、匂いの嗜好は生得的でなく、全て後天的に学習されると主張している。例えば、乳児はウンチのにおいを好む。腐った死体のにおいが吐き気を催すのも、本能的に嫌悪しているわけではなく、そのにおいと遭遇する状況によって嫌悪との連合が学習されたというのである。人類共通の絶対的な悪臭はないようである(だから、臭気弾の開発は成功しない)。これは味覚の場合とは対照的で、甘味を好み、苦味を忌避するのは遺伝的にプログラムされている。
なお、三叉神経を刺激するにおいに対する回避反応は、嗅覚ではなく痛覚による知覚である。また、完全に発達するまでに何年もかかる視覚と違って、12週目の胎児の嗅覚はすでに充分機能しており、羊水に含まれる様々な匂い物質を感知しているという。

この本の致命的な欠点は、翻訳が悪いことである(訳者は前田久仁子)。邦訳が存在すること自体は大変ありがたいのだが、誤植・誤訳が多すぎて、読んでいてストレスが溜まる。特に、遺伝学に関する部分は、全く不正確で意味をなしていない。内容を理解せずにいい加減な訳をつけるのは、訳者として無責任だと思う。また、翻訳としては間違っていなくても、全体的に日本語がこなれていない。蛇足ながら、これは好みの問題に過ぎないが、ですます調は間延びするのでイライラする。原題は"The Scent of Desire"なのだが、邦題は長ったらしいし、第一「ひかれる」に「魅かれる」という字を当てた意味が分からない。

以下、気付いた誤植と誤訳を列挙する(誤訳については、原著を取り寄せて確認する必要がある)。

  • P.25〜P.28、原著要確認
  • P.27(誤)赤と緑の色盲→(正)赤緑色盲
  • P.69(誤)触れるやいやな→(正)触れるやいなや
  • P.93(誤)ざんきんせん→(正)ぜんきんせん
  • P.96(誤)ようす。→(正)ようです。
  • P.138、原著要確認
  • P.143, P.259(誤)的を得た→(正)的を射た
  • P.175(誤)一等親の家族→(正)第一度親族(注:兄弟姉妹は一等親ではない)
  • P.203〜P.205, P.211、原著要確認
  • P.214(誤)塩っぱい→(正)しょっぱい?
  • P.260(誤)知ることは。→(正)知ることは、
  • P.262、原著要確認
  • P.265(誤)ドウキンス→(正)ドーキンス
  • (10/02/06読了)

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