人物で語る化学入門 竹内敬人 岩波新書 ★★★★☆
化学という広大な世界のすべてについて、その発見者にスポットライトを当てながら解説した本。非常に内容が濃いが、体系的にコンパクトにまとまっているので、通読した後も、必要に応じてハンドブック的に使える。高校の時に勉強した、懐かしい化学用語がワンサカ出てくる。
化学の通史としては、なんといってもアイザック・アシモフの『化学の歴史』がイチオシである。本書の著者自身が、アシモフの『化学の歴史』の訳者でもある。アシモフの本は半世紀近くも前に書かれたので、人類の火の利用から始まって、原爆が炸裂するところで終わっている。それに対し本書は、もっと新しい様々な話題が盛り込まれている。フラーレン、カーボンナノチューブ、電導性高分子、クラウンエーテルなどの新規化合物が合成されたが、それぞれで1冊の本が書けるほどの深遠さがある。また、これは類書も多いが、ノーベル賞を受賞した日本人の業績についても詳しく説明されている。
アシモフの本は時系列に沿って書かれていて、全体として一つの物語をなしている。こちらはやや雑然とした印象を与えるのだが、それは、20世紀後半から21世紀にかけての、化学という学問の姿そのものなのかもしれない。また、著者が「あとがき」で述べているように、化学は物理学と違って、アインシュタインやニュートンなどのスーパースターがいない。そのため、化学史は物理学史に比べると地味である。
一方、化学は物理学とは違って、高校レベルの知識でもかなりのことが理解できる。本書を読めば、化学という学問体系の中での、高校化学の位置づけと、その限界が分かる。だから、本書は受験を控えた高校生にもお薦めである。
- 水素は、なぜ原子1個では存在せず、2個つながった分子として存在するのか?
- ナフタレンをニトロ化すると、なぜ2-ニトロナフタレンでなく1-ニトロナフタレンのみが得られるのか?
- 吸熱反応であるにもかかわらず、水の蒸発はなぜ自発的に起きるのか?
このような問題に答えるためには、それぞれ量子力学(ハイトラー=ロンドン理論)、福井謙一によるフロンティア軌道理論、エンタルピーといった道具が必要になってくる。
- 高橋尚子と白川英樹は遠い親戚同士で、2000年にはマラソンの金メダルとノーベル化学賞をダブル受賞した
- ファーブルはもともと化学者で、「アリザニン」という色素の効率的な精製法を得ることに成功した。しかし、ほぼ時を同じくしてアリザニンの人工合成が可能となり、工業的生産が始まったため、ファーブルの方法によるアリザニンの生産計画は頓挫した。失意のファーブルは、化学を断念して昆虫の研究に没頭し、『昆虫記』を世に送り出した
など、地味なトリビアも満載。(11/03/02読了)