読書日記 2015年

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コーランを知っていますか 阿刀田高 新潮文庫 ★★★☆☆

昨今のキナ臭い国際情勢の中で、イスラームに対する理解の重要性が叫ばれている。でも、実際にコーラン(聖クルアーン、قرآن Qur'an)を読んだことのある日本人は、果たしてどれくらいいるだろうか?

とはいえ、岩波文庫版『コーラン』(上・中・下、井筒俊彦訳)を買い求めて端から読み始めよう思っても、きっとすぐに挫折するであろう。
なぜならコーランは、最初が一番読みにくいからである。第1章「開扉」は別扱いとして、第2章「牝牛」が286節もあって全篇で最長なのである。
ざっくり言うと、読み進めるにつれて時間を遡っていき、より短く、より初期にムハンマドに下った啓示となる、という構成になっている。実際、岩波文庫版コーランでは、全篇114章のうち、上巻に10章、中巻に23章、そして下巻に残り81章が収められている。

ムハンマドに最初に下った啓示は、第96章「凝血」(The Clot Of Congealed Blood)だと考えられている:

誦め、「創造主なる主の御名において。
いとも小さい凝血から人間をば創りなし給う。」
誦め、「汝の主はこよなく有難いお方。
筆もつすべを教え給う。
人間に未知なることを教え給う」と。
Proclaim! In the name of thy Lord and Cherisher, who created
Created man, out of a clot of congealed blood:
Proclaim! And thy Lord is Most Bountiful,
He who taught the Pen,
Taught man that which he knew not.

そもそも、QUR'ANという語の語根をなす3つの子音、Q、R、そして'(これは声門閉鎖音 /ʔ/ を表す)は、「朗誦する」という意味なのだ。

──なんていうことも知らなかった私にとっては、コーラン入門一歩前として、あるいは本物のコーランを繙いてみるための足がかりとして、本書は大いに意味があった。
コーランについて、日本人が書いた日本人のための入門書はほとんど存在しないのだ。というか、事実上これしかないかもしれない。
かように、イスラームは日本人にとって馴染みの薄い存在である。

でも、本書はコーランの解説書としては、あまり良いとは言えないと思う。
著者はあくまでも、小説家の目を通してコーランを眺めているのだ。著者の興味は、「なにか面白いストーリーはないかな?」ということなのだが、そういう(不純な?)切り口で見ると、コーランはちっとも面白くないのだ。
阿刀田高の「〜を知っていますか」シリーズは、ギリシア神話や旧約聖書ならば成功しているのだろうけれど、コーランはもとよりそういう読み方をすべき書物ではないのだろう。(それにしても、コーランの中に旧約聖書のストーリーがこれほど出てくるとは知らなかった。)

全篇に漂う著者のスタンスは、「なんで世界16億もの人民が、こんなものを大まじめに信じているのがサッパリ分からない・・・」という感じだった。本書からは、コーランの神聖さは伝わってこない。
著者は十分注意深く書いているつもりだろうけれど、本書はコーラン、ひいてはイスラームに対する冒瀆なのではないか・・・とさえ思ってしまう。
今どき「モハメッド」という時代錯誤的な表記を用いているのも頂けない。やはりこういう本は、専門家がきちんとしたものを書く責務があると思った。(15/02/14読了 16/02/29更新)

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