ロシア語の余白 黒田龍之助 現代書館 ★★★★☆
語学エッセイと言えば、黒田センセイの右に出る者はいない。その中でも本書は、著者の専門であるロシア語についての本だから、面白くないわけがない。
ロシア語には-мяで終わる例外的な中性名詞が10個だけある。それは、使用頻度が多い方から順に並べると、имя(名前)、время(時間)、знамя(旗)、семя(種)、
бремя(重荷)、племя(種族)、пламя(炎)、темя(頭頂部)、стремя(鐙)、そして вымя(動物の乳房)である。
その中でいちばんマイナーな вымя に(小説の中で)出会ってしまった話、などマニアックなネタが満載。でも、多少なりともロシア語を囓ったことがある人でないと、この本を楽しむのは難しいだろう。
Спокойной ночи. おやすみなさい。
が生格(希求の表現)だとか、手紙の宛名は与格で表すとかいうのも知らなかった。
ロシア語の入門書を執筆するときの話。ロシア語の通りの名前は「улица+固有名詞の生格」という形をとるのだが、まだ生格を習う前の課だから、格変化しない非ロシア系の人名が欲しい。さてどうするか・・・と悩んだ末、ウクライナの詩人の名を冠した улица Шевченко「シェフチェンコ通り」にしたという。
実際、黒田センセイの『ニューエクスプレス ロシア語』を繙いてみると、確かに第7課(「彼女はどこに住んでいるのですか」)にシェフチェンコ通りが出てくる(生格は14課まで出てこない)。語学のテキストも、こんな視点から眺めてみると楽しい。
ところで、『ニューエキスプレス ロシア語』は、あまり細かい文法事項は扱っていないのだが、とにかく例文が楽しいのだ。語学テキストの日本語訳を読んで、思わずクスッと笑ってしまったのはこの本が初めてだった。
「副動詞」とかいう、英語の分詞構文みたいな語形があるというのも初めて聞いた・・・と思いきや、昔ちゃんと習っていた。
私は ЭЛЕМЕНТАРНЫЙ КУРС РУССКОГО ЯЗЫК(『ロシア文法の基礎』)いうカチコチの文法書でロシア語を学んだのだが、このテキストは独学には100%薦められない。今にして思えば、私は錚々たる講師陣からロシア語を教わったはずなのだが、もっと魅力的なテキストはなかったものか・・・と思ってしまう。
後半は、前半よりももっと肩肘の張らないエッセイで、著者のロシア語に対する深い愛が伝わってくる。語学のプロになるためには、あらゆる方面から、どっぷりとその言語に浸からないとダメなのだ。
さて、本書を携えてキルギスに行ってみたが・・・、やっぱり、ロシア語を話すためには役に立たなかった。(16/08/16読了 16/12/27更新)