わけいっても、わけいっても、インド 蔵前仁一 旅行人 ★★★☆☆
「アディヴァシー・アート」を求めて、インドの奥深くに分け入っていくというマニアックな紀行文。
インドというのは紀行文の対象としてはもっともベタな国なので、多少なりともマニアックなことをしないと本にはならない。
とはいえ、人跡疎らな辺境地帯を行くわけではなく、列車もバスも通っている都会からタクシーをチャーターして農村を巡るという、それほどディープでもない旅である。
では、「アディヴァシー」とはなにか?その肝心のところが、本書ではほとんど説明されてない。
アディヴァシー(Adivasi)とは、「元から住んでいた人」を意味するサンスクリット語で、1930年代に作られた新しい言葉である(Wikipedia)。
本書では単に、アーリア人が侵入してくる以前からインド亜大陸に住んでいた「先住民」のことだとしているが、これは正しくない。
そうだとすると、タミル人をはじめとするドラヴィダ系の人たちが全員含まれてしまうことになるが、タミル人はアディヴァシーとは呼ばない。
アディヴァシーというのは多分に政治的な意味合いのある言葉で、「カーストの外側にいる人たち」ということであるらしい。英語では、scheduled tribes(「指定部族」)という。
2011年の国勢調査によれば、アディヴァシーはインド全人口の8.6%を占め、1億400万人もいる。
やや意外なことに、アディヴァシーがもっとも多く住むのは、インド亜大陸の中央部、マディヤ・プラディーシュ州、チャッティースガル州、オディシャ州、ジャールカンド州といったあたり(本書で言うところの「ゴンドの国」)である。
ここは、アーリア人の住む北インドとも、ドラヴィダ人の住む南インドとも違う、いわば「第三のインド」である。名所・旧跡のたぐいはほとんどなく、ガイドブックでも空白地帯になっている。
オディシャ州はインド全州の中でもっとも多くの種類のアディヴァシーを擁し、全部で62もの民族を数える(Wikipedia)。その中には、「ボンダ」と呼ばれる、およそインドらしくない、マサイのような風貌をした人たちもいる。
インド東北部にある7つの州(Seven Sister States)のうち、ナガランド州、ミゾラム州、そしてメーガーラヤ州では、アディヴァシーの比率は85%を越える。(ただし人口そのものが少ないので、アディヴァシー全体から見ると多くはない。)つまりここは、インド国内にありながら、インドという宇宙の外側にある世界である。
この辺はかなり秘境度の高いエリアであり、ぜひとも訪れてみたいところだ。
本書では、ミティラー画という細密画やピトラ画という壁画、真鍮細工などの民芸品を求めてビハール州、グジャラート州、そして「ゴンドの国」をまわる。
筆者はグラフィックデザイナーだけあって、写真は美しい。
観光客はおよそ立ち入らないエリアであるため、行く先々で親切な人に出会い、無償で案内してもらったりする。本書を読むと、「汚くてウザいインド」というステレオタイプなインド像を覆される。
ただ、まるで小学生の作文みたいに時系列に沿って淡々と出来事が記載されているため、全体としてのストーリー性が乏しく、いまいち盛り上がりに欠ける。(18/11/22読了 18/11/26更新)