空白の五マイル 角幡唯介 集英社 ★★★★☆
圧倒的な筆力。最後まで一気に読んでしまう。
体験の壮絶さもさることながら、読み物としてのクオリティーが非常に高いのだ。推敲に推敲を重ね、満を持して世に送り出した渾身の作品だろう。
現代社会において、人跡未踏の地をナタで切り開いていくような、文字通りの「探検」は可能だろうか?
筆者が目指したのは、ツアンポー川大屈曲部にあるツアンポー峡谷だった。筆者がこの探検を試みたのは2002〜2003年と2009年だから、これは充分に現代の物語だ。
チベット高原でヒマラヤの氷河から流れ出た水を集めて東へ向かうツアンポー川は、東チベットの「大屈曲部」で大きく旋回し、南に向きを変える。ブラマプトラ川と名前を変えて、インドのアッサムを西から東に横断したのち、再び南下してベンガル湾へと注ぎ込む。
筆者は単身で、その大屈曲部にあるツアンポー峡谷核心部の完全踏破を試みるが・・・。
こんな場所が地球上にあるなんて、知らなかった。
でもなぁ。読めば読むほど、ここが、命の危険を冒すだけの魅力がある場所には思えないんだよなぁ。
命を賭して、ヒマラヤ高峰の未踏ルートに挑むのはわかる。たとえそこが死と隣り合わせだとしても、その先にはきっと神々しい世界が広がっているに違いないからだ。
でも、峡谷は、遠くから眺める分には綺麗かもしれないけど、一歩足を踏み入れれば、日当たりが悪くてジメジメし、ダニに喰われて全身が赤いブツブツで覆われるような、不愉快極まりない場所なのだ。著者自身も、「なぜ過去に多くの探検家がこの場所を目指して挫折したのか私にはよく分かった。わざわざ苦労してこんな地の果てのような場所に来ても、楽しいことなど何一つないのだ」と言っているではないか。
大屈曲部のすぐ内側に、ナムチャバルワ གནམས་ལྕགས་འབར་བ།(7782m)という山が聳えている。この山は、世界で最も登頂しにくい山の一つかもしれない。
ナムチャバルワは世界28位の高峰であるだけではく、プロミネンスが4106m(世界ランク19位)もあって、このエリア(東チベット)では圧倒的に高い。
初登頂は1992年、日中合同隊によるものだが、当時の未踏峰の中で世界最高峰だった。このとき、合計11名がその頂に立った。だがそれ以降、登頂者はただの一人もいないようだ。(20/06/22読了 20/08/02更新)