読書日記 2020年

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ベトナム戦記 開高健 朝日文庫 ★★★★★

著者は、東京オリンピックの年の1964年、高度経済成長に沸き立つ東京を離れて南ベトナムのサイゴンに100日間滞在し、ベトナム戦争の取材を敢行する。
南ベトナム軍と一緒にジャングルを彷徨い、ベトコンに襲撃されて九死に一生を得る。200人いた大隊のうち、助かった者は17人しかいなかったというから、無傷で生還できたのは奇跡に近い。
丸腰で前線──ベトナム戦争においては、全土が前線だったのかもしれないが──に赴くというのは信じがたいが、かつての日本には、こんな骨太のルポルタージュがあった。こういうビビッドな記録が今読めるというのは、素晴らしいことだ。

第二次世界大戦が終結した後もベトナムに残留し、ベトミン軍を率いてインドシナ戦争を戦った日本人がいたという。「アジアの解放」なんてただの大義名分だと思っていたが、本当にそれを実践しようとした日本人もいたのだ。

著者は、サイゴン中央市場の広場で、ベトコン少年の公開銃殺を見る。

・・・胸、腹、腿にいくつもの黒い、小さな穴があいた。銃弾は肉を回転してえぐる。射入口は小さいが射出口はバラの花のようにひらくのである。やがて鮮血が穴から流れだし、小川のように腿を浸した。・・・
 円形広場のふちにある汚い大衆食堂に入って私たちはコカ・コラを飲んだ。日野啓三はうなだれてつぶやいた。
「おれは、もう、日本へ帰りたいよ。小さな片隅の平和だけをバカみたいに大事にしたいなあ。もういいよ。もうたくさんだ」
 私は吐気をおさえながら彼の優しく痛切なつぶやきに賛意をおぼえ、生ぬるく薬くさい液をすこしずつのどに流しこんだ。ときどき液は胃からのどへ逆流しようとした。人間は何か<自然>のいたずらで地上に出現した、大脳の退化した二足獣なのだという感想だけが体のなかをうごいていた。

こんな南ベトナム政府が支持されるはずもない。だが、ベトナム戦争は、このあと更に10年も続くのである。
ベトナムが統一されて、本当に良かったと思う。(20/09/04読了 20/09/05更新)

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