サイゴンのいちばん長い日 近藤紘一 文春文庫 ★★★★★
1975年4月30日、サイゴン陥落──
著者は、某新聞社の特派員としてサイゴンに派遣される。北の革命政府軍は予想より早く南への侵攻を開始、外国人が我先にと国外逃亡を試みる中、著者はサイゴンに留まることを決意する。そして、一つの国が地上から消滅する歴史的瞬間を目の当たりにするが、その最期は驚くほどあっけなかった。
ベトナム戦争といえば、ジャングルでのゲリラ戦やベトコンの公開処刑を思い浮かべるが、本書を読むとその印象が変わる。
当のサイゴン市民からは、戦争の悲壮感は伝わってこない。庶民の多くは、戦争などどこ吹く風、政権が南から北に変わろうと強かに生き続けた。
南の共和国政府はアメリカの傀儡で、悪魔の手先のようなイメージだった。だが、実際にサイゴンで生活してきた著者は、北の共産党政権をあまり良く思っていない。
本書の面白さは、この時代のサイゴンを、新聞記者目腺ではなく、サイゴン下町の庶民の目腺から活写していることだ。それができたのは、著者の妻がベトナム人だったからだ。
下町の長屋でのハチャメチャな生活ぶり──テナガザルまで一緒に暮らしていた──がとにかく面白いのだ。
ベトナムはなにしろ細長い国なので、南北の違いは相当に大きい。
メコン川流域の南部が豊かなのに対し、北部は貧しく、中部は「極貧」であるという。
南北ベトナム統一から45年も経って、格差も小さくなったのかもしれないが、南北の確執は未だにあるように思う。ベトナム人と話してみた感じでは、ハノイの人とホーチミンの人は互いに良く思っていないようだ。南部の人が公然と政府を批判するのはちょっとびっくりした。
一度、南から北まで、長いベトナムを縦断してみたい。(20/09/10読了 21/01/28更新)