イスラーム 生と死の聖戦 中田考 集英社新書 ★★★★☆
著者のハサン中田考先生は、東大文学部イスラム学科の1期生である。大学3年生の時にムスリムになり、カイロ大学で博士号を授与されたという、イスラーム世界からも一目置かれる(?)筋金入りのイスラーム法学者である。
それにしても、人数が少ないとはいえ30年以上の歴史があるのに、イスラム学科卒でムスリムになったのが著者しかいない、というのは驚きだ。なぜ日本では、これほどまでにイスラム教が受け入れられないのだろうか。
ところでイスラーム法においては、イスラームの教えを知る機会がなかった者はイスラームを信じなくても罰せられないのだという。ということは、イスラームの文化について研究している非ムスリムの日本人などは最も罪深く、地獄に堕ちるということになる。
イスラームの教えを説いた前半はとても分かりやすい。
イスラームは一神教であるが、キリスト教とは違ってアニミズム的な世界観に反するものではない。アッラーは慈悲深いので、善を悪の10倍から700倍にカウントしてくれるというのも面白い。
イスラームでは、肉体が死んでも霊魂はこの世にとどまっている。(従って火葬は禁じられており、かならず土葬にする。)最終戦争が起きて歴史が終焉を迎えると、最後の審判が下って天国が地獄かに選り分けられる。しかし、ジハードで死んだ場合は、天国に直行できる。だから、ムスリムにとってジハードは一番望ましい死に方なのだという。
後半では、「カリフ制再興」について、著書の持論が展開される。
「領域国民国家」を捨て去るべし(つまり「国境を消せ」ということ)、という主張は大いに納得できる。
しかしながら、著者の主張は、「イスラーム国」というモンスターが現実に出現したことよって、今や極めて受け入れがたいものになってしまった。イスラム圏にも非ムスリムが住んでいる。カリフ制はムスリムにとってはユートピアかもしれないが、非ムスリムにとっては悪夢でしかない・・・のではないだろうか?
著者は、「イスラーム国」には反対していると言いつつも、「彼ら(バグダーディーのグループ)のシャリーア解釈が不寛容で、その手段が残虐」といって批判するにとどまっている。裏を返せば、「イスラーム国」が行っている残虐行為はイスラーム法上、正当化されうることを認めてしまっているのだ。
同じイスラム学科出身だが、一回りも後輩の池内恵氏(『イスラーム国の衝撃』の著者)が解説を書いているのは奇異な感じがする。二人の主張は全く噛み合っていないように思われる。
しかし、「イスラーム国」による日本人殺害事件の直後に本書が出版されたことを考えると、バランスを取る意味ではこの解説も必要だったのかと思う。
いずれにせよ、著者はイスラームの世界を内側から見て、日本語で語ることができる稀有の存在である。
ツッコミどころがあったとしても、本書は読む価値があるだろう。(15/04/26読了 15/05/04更新)